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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 評判と現実?悪く思われる方が安心  
コラム名: 自分の顔相手の顔 53  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/06/02  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   人間の狡さにはいろいろな形があるが、私の狡さは、悪く思われることは、意外と気楽でいいことだ、と思う癖である。
 実物よりよく撮れている写真は嬉しいものだが、すぐ後で不安に陥るものである。会った人に「あれえ、写真ほど感じよくなかったよ」と言われるのが見え透いているからだ。
 金持ちに見えたり、頭がよく思われたり、行いが正しいと思われたり、人道主義者だと勘違いされたりすると、すべて後がよくない。ちょっとのことで「あのケチじゃお金ないんだろうねえ」と見抜かれ、少し無知をさらけ出すと「あれは本当のバカよ」と蔑まれる。ちょっと悪いことをすると「あの人があんなことをするとは思わなかった」と決定的に見放され、自分の利己主義の尻尾をちょっと覗かせただけで、人道主義者の評判は剥奪される。
 それに比べて、悪く思われるというのは実に安心できることである、と私は思い続けて来た。日本財団に勤める気になったのも、当時財団が悪評に塗(まみ)れていたからである。これ以上悪くはなれない、と思うと、私はそこで働くことが気楽だったのである。
 ただそれまでにも私は財団の内容を理事として少し知っていたから、悪評が事実とはほとんど連動していないこともわかっていた。こういう状態ほど、私にとって気楽なことはなかった。
 風評と現実の落差を埋めるものが、「広報」である。広報とは「ラヴ・ミー(私を愛して)」ということだ、と教えてくれた人がいる。
 恋人というものは、いつも相手に自分の「ほんとうの姿を知って」と願っている。その姿勢に近い。広報は宣伝ではないのである。
 すべての人や組織のほんとうの姿というのは、多分人が思っているほど、よくもなく、悪くもない。思わぬ失敗をしたり、思いがけなくうまく行って喜んだりしている。
 組織の内部や人の心の内側に、ちょっとした対立や緩みがないことはないし、しかしどこかに輝いている心の存在というものは常にあるのである。
 悪い状態、ひどい評判から出発することは幸運だとさえ言える。それより落ちることがないからだ。しかし人はなぜかしきりに、評判のいい地点に行きたがる。有名大学に入り、いい会社に勤め、いいうちの息子と結婚したがる。私に言わせれば、今流行している学問をすれば、就職は必ずむずかしくなる。
 しかし人があまりやりたがらない分野のエキスパートになれば、職に就くことなど大してむずかしくはない。
 ほんとうのことを言うと、私が今、一番やってみたいのは、動燃の広報である。動燃の内実は、世間が思うほど悪くもないだろう。しかしあの組織には、苛められっ子の僻みみたいなものが定着して、自信を喪失し、言うことなすことおかしくなってしまっているように見える。しかし多くの組織や人の心は、特に可もなく不可もないものなのである。
 



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