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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 善意の連鎖?人間ひとりでは何もできない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 367  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/09/05  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   日本からブラジルのサンパウロまでは、飛行機に乗っている時間だけで二十一時間、途中の待ち時間を入れると、丸一日に近い飛行機の旅である。
 私たちの乗った便はニューヨーク経由なので、約二時間を待合室で過した。日本航空の待合室には、巻ずし、おそば、餡パンなどもあって、日本へ帰る便を待つ客たちはどんなに嬉しいだろう。日本を出たばかりの私は、コーヒーとバター・クッキーの包をもらった。実においしいクッキーであった。私はもう一度立ち上って、スナック・テーブルに行き、世話をしている女性に、「あんまりおいしいから、もう一袋下さいね」と自分の強欲さの言いわけをした。するとしばらくしてその女性が「もっとたくさんお持ち下さい」と言って、半ダースほどの包を持って来てくれた。
 この旅行は、マスコミ、中央官庁の若手の人たち、日本財団の職員が合同で、財団が補助をしている先や、私の個人的な知人のカトリックの修道女たちが働いている貧しい施設を訪ねるのが目的である。土地としては、ブラジル、ボリビア、ペルーの三カ国で、老人ホーム、ハンセン病院、ホームレスの子供たちの施設、スラムなどで現状を見てもらう。だから十四人のメンバーが運んだ四十個の荷物のほとんどは、医薬品、レントゲン・フィルム、ミシン、文房具、サッカー・ボールなどである。ホームレスの子供たちと一口に言うが、彼らの中には捨て子ではなく、酒びたりの父、売春をする母、食べものもない家を嫌って親を捨てて町へ出た子もいる。
 私はもらったクッキーを見た途端、このお菓子を持って行ける先を頭に描いていた。引き取られている子供の人数も大体知っている施設が多いから、あそこがいい、と決められたのである。
 南米の子供たちはビスケットをもらうと、どういう反応を示すかわからないのだが、アフリカでは何度もビスケットを分けたことがある。私がアフリカの子供だったら、他の子や兄弟に取られないうちに早く食べてしまおうと思うに違いないのだが、貧しいアフリカの子供たちの中には、決してそうしない子がかなりいた。
 ビスケットなどもらえるのは年に一度か二度だろう。その貴重品のお菓子を、彼らはずっと手の中で握っていた。手の湿気でくずれて来ても、大切そうに持っていた。家に持って帰って、弟妹たちに分けるためであった。一度口に入れてしまった飴玉を、又出して、ぼろぼろの服のポケットに入れる子もいた。家にいる姉妹を思い出したのである。
 クッキーをくれた女性に、このお菓子は必ずブラジルの子に届けます、と言うと、この人は、さらに袋いっぱいのクッキーを持って来てくれた。
 人間は一人では何もできない。善意の連鎖反応が波動のように拡って、物質だけではなく、心が伝わるのである。
 



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