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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 米大統領?「甘ちゃん」では困り者  
コラム名: 自分の顔相手の顔 172  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/31  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   クリントン大統領とホワイトハウスの元実習生モニカ・ルウィンスキーとの間の親密な関係の話は、アメリカ人は好きらしいが、私はうんざりする。この手の騒ぎの体験者である私の友達も「ヒラリーが怒っているならこれは大変なことなんだけど、ヒラリーが許してくれたんなら、それでいいんだよなあ。はたがごたごた言うこたぁないんだ」とわかったようなことを言う。
 まず女房が煩(うるさ)いから、ちょっと嘘をついた、というところまでは、そこらへんにいくらでもある話で、小説家としてはまことに同情的になる。この手の嘘はたいてい呆気(あっけ)なく見破られる。女房に見破られるだけでなく、早い遅いはあっても、秘書や友人まで、ほとんどすべての女が嗅(か)ぎつける。女性の勘の鋭さはこういう場合サメか警察犬並みになる。
 その結果男というものは、地位や教養に関係なく、実にくだらないことに嘘をつくものだ、とあきれられるのが落ちなのだが、人間は誰でもくだらないところを持っているものだから、それも敢えて言うほどのことではない。
 しかし大統領がモニカと愛を誓い合い、「まだ君を思っているよ」というメッセージを伝えるために、贈られたネクタイを締めるという約束を守って、そのうちの一本を堂々と身につけて公衆の前に出た、ということになると、話は少し別である。
 大陪審に出頭するほど、事件はごたついているのに、そこに至ってもまだ「ヒミツの愛の関係を続けられる」と思うほど現状がよく掴(つか)めない大統領は、日本語で言うと「甘ちゃん」だということになる。
 「甘ちゃん」も普通の人なら特に悪いわけではない。先天的な詐欺師とか、すぐにキレてアタマに来るような性格からみれば、無難な人である。ことにその人物が作家なら大ベストセラーを書ける一つの条件と見なされる。
 しかしそれがアメリカの大統領となると困るのである。大統領は用心深い人間でなければならない。たえず裏を考え、先を読み、最悪に備え、世俗の道理をよく弁(わきま)えたストイックな人物でなければ勤まらない。
 別れた女にネクタイでサインを送る、というようなことは、普通の人には許されもするし、実行可能な行為だ。しかし大統領には許されていない。こういう甘い読みをする人は、同じ種類の過ちを将来も再び繰り返すだろう。「先が読めない」大統領は、個人として身を誤るだけでなく、アメリカ合衆国と世界が、その愚かさに振り回されるから適任ではないのである。
 私としては「だから大統領になどなるのはおよしなさい」と言いたくなる。作家なら女房に隠した女がいても、作品のネタになる。女房とは大喧嘩になるだろうが、廻りの人は笑って聞くだけだ。
 アメリカも不幸な指導者を持ったものだ。クリントン氏は、小説家になるべきだったのだ。
 



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