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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 皇太后さま?きっと「楽しくやるように」と  
コラム名: 自分の顔相手の顔 349  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/07/04  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   現在、ドイツのハノーバーで博覧会が開かれているが、七月二十五日、皇太后陛下のご葬儀の日が、ちょうど「ジャパン・デー」に当たっていた。私も出席することになっていたのは、私の働いている財団が、博覧会の日本館にモーターボート競走の売り上げの中から一定のお金をお廻しする任務を帯びているからである。
 それが突然、日時が変更になった。理由のこまかいニュアンスは、まだ知らされていないが、ご葬儀の日にぶつかったからだ、ということははっきりしている。亡くなられた後、数日の間に、私は数回、講演会に行き、皆が黙祷するのにも加わった。音楽を見合わせようかという話も出たが、やはり皆が前々から用意して楽しみにしているのだから、と予定通り行ったところが多かった。
 こういうことはすべての人の心にかなうことはできない。皇太后さまと同世代の人は、今はもうあまり多くはないだろうが、同じ戦後を生きぬいた思いがある。庶民も辛かったけれど皇室はもっとお辛かったろう、という気持で、服喪の気持も強いと思う。
 しかし若い人々にも生活がある。私が講演に行ったうちの一つは、「手話ダンス」の会だった。耳は聞こえなくても、音楽に合わせてダンスをするのだ。皆その日に備えてうんと練習をした。会場もやっと借りたのだからやめられない。
 皇太后さまが生きておられてこの話を聞かれたら、まちがいなく「楽しくやるように」とおっしゃるに違いないと思う。
 ところがハノーバー博の方は、ジャパン・デーを延期した。多分現地ではかなりの混乱が生じると思う。その頃、ドイツ行きの飛行機はいっぱいだ。ハノーバーのホテルに至っては予約もむずかしいし、値段も高くなっていた。それを二日だか三日だか延ばすとなると、旅行者、旅行会社、博覧会の関係者、すべてがふり廻されるだろう。ポスターもパンフレットも刷ってしまった。それを見てやって来る外国の観光客の中には、ジャパン・デーがないので意外に思う人もいるだろう。
 ご葬儀に出る人と、博覧会に来る人と手分けすればいいだろう。それでも外部に迷惑をかけない、というのが、昔の日本人の美学だったのではないだろうか。
 こうした催しの責任者は誰なのかわからないが、官庁的発想は常に内側を向いている。霞が関の近辺で非難されないことが第一なのだ。
 昭和天皇のご病気が長びいた時、陛下は特に、ご自身が療養中だというために、国民が活動や催しやリクリエーションを自粛しないようにおっしゃった。自粛したら、観光地のホテルも食堂もさびれ、国民の活気もなくなる。皇室というお立場はむしろそういうご配慮をなさるものなのだと思う。
 私だったら、会場に急遽小さな祭壇を作り、皇太后さまのご遺影に花を捧げてもらう。それでも生きている人との約束は守った方がいいと思う。
 



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