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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 揺らぐ航路の安全?「海賊ビジネス」を許すな  
コラム名: 時代の風   
出版物名: 毎日新聞  
出版社名: 毎日新聞社  
発行日: 1999/01/31  
※この記事は、著者と毎日新聞社の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私が今働いている日本財団は、1969年以来30年間、マラッカ・シンガポール海峡1060キロの細い海域の航路標識の整備を続けて来た。現場の海に行ってみると、もちろん小舟にとっては今でもここは広い広い海である。しかし平均して約20万トンクラスの大きさのタンカーが通れる深度を持つ海域となると、ほんの狭い部分になる。
 農村の静かな小道に、突然20トンダンプが通るようになったようなものだ。「お邪魔いたしますが、できるだけご迷惑をおかけしないように安全を考えます」という気持ちで、私たちは航路標識を整備して来たのである。
 この海峡では、船の速度は対地速度で12ノットしか許可されていない。自動車で言うと徐行速度が要求されている。それが海賊にとっては付け入るのにいい条件である。
 97年に報告された海賊事件は世界で252件だが、これは多分実際の発生件数の10分の1だろう、という見方もある。うっかり届けると途中の港で調査のために拘束され、最低1日は行程が遅れるので船側が届け出ないケースが多い。そのうちマラッカ海峡と南シナ海で起きた事件は109件である。
 98年になると、1月から9月までに発生した海賊は世界で126件。そのうちマラッカ海峡と南シナ海では49件が起きている。船の中に「小銭」を用意しておいて、入ってきた海賊にそれをみやげにお引き取りを願い、事件を通報しないものもある。報告があった事件でも、船主側は「そんな事実はありません」と外部にはひた隠しに隠すのである。
 中には現金約2万4000ドルを奪われ、船長が側頭部、胸部左下、左腕など数カ所を刺される重傷を負っているにもかかわらず、その会社に問い合わせると、「そんな事実ありません」と否定する場合もあるというのが、ある全国紙の記者の話だ。泥棒の中には拳銃(けんじゅう)を発射した海賊もおり、ソマリア東端のガルダフイ岬沖では、機関銃およびロケット砲で襲撃した海賊もいる。日本の船主の臭いものに蓋(ふた)式 の考え方と身勝手な解決の仕方が、新しい犯罪を助長しているとも言える。
 最近、有名になった「テンユウ」(2660トン)という船は、実質的所有者は舛本汽船。船籍はパナマ。約3億5000万円相当のアルミニウム・インゴット3000トンを積んで、昨年9月27日インドネシアのクアラタンジュン港を出港し、韓国の仁川に向かった。納品先は韓国政府調達庁、乗組員のうち船長と機関長は韓国人。他中国人12人であった。
 10月2日、「テンユウ」行方不明、情報入手依頼が海上保険会社より日本海難防止協会に入る。12月21日、ホンジュラス船籍の「サンエイワン」という船が、南京付近の張家港にパームオイルを積んで入港した。書類に不審を抱いた港湾当局が立ち入り検査の結果エンジン番号から、この船は「テンユウ」だと判明した。乗組員は全員、インドネシア人に替わっており、アルミ・インゴットは行方不明。
 12月23日、名義上の船の所有会社に、中国海事法院より船の拘束にかかわる費用の予納金として10万元(約150万円)の支払いが要求された。現地の弁護士と相談の上でこれは支払った。99年1月6日、再び中国海事法院は10万元の支払いを要求したが、これには応じなかった。
 さらに、中国海事法院は船の引き渡し費用として1億円を要求して来たのである。これには次のような経緯があるとのこと。中国政府は、偽「サンエイワン」を所有しているマレーシアのジャマリンという会社に、もし彼らが無罪だった場合(つまり「サンエイワン」がほんものだった場合)には1億円の補償金を払う確約書を出していたが、舛本汽船にそれを肩代わりして出させようという算段である。反対にもし「サンエイワン」が「テンユウ」だった場合には、補償金額の1%である100万円を手数料として中国政府が受け取るという仕組みだという。
 98年12月、台湾海峡でパナマ船籍の「チェンソン」(1万トン)が急襲されたが、海賊数人の身元が判明した。船の中にパーティーの写真が残されており、犯人が割り出されて、香港に近い深センと吉林で2人が逮捕された。彼らは1人あたり10万元の手数料で、乗っ取りを請け負い、高速艇を使って船を奪取した、という。
 中国人船員23人は全員行方不明だったが、12月中に中国公安当局は南シナ海で、そのうち6人を遺体で発見した。中国当局はこの2事件は関連があるとみて捜査中だが、法外な手数料の請求といい、乗組員が「始末」されてしまったことといい、非常に後味の悪い事件だ。
 98年4月、シンガポールからハノイに向けて灯油と軽油を輸送していた「ペトロレンジャー号」がやはり海賊に襲われ、4000トンの積み荷を略奪された事件がある。船は半月後に中国当局に発見され、海南省海口に連行された。公安部は海賊12人を拘束し、船自体を密輸船扱いにして船内に残っていた5600トンの油を没収した。油は115万ドルで中国当局によって売却された。いずれにせよ海賊商売はもうかる話にな った。
 私は今、再処理済みの核燃料を積んで日本に帰って来た「あかつき丸」の話を書くために取材中なのだが、この船は往路マラッカ・シンガポール海峡を抜ける間にやはり特別な防備処置をしたという。船の泥棒はいずれも船尾にロープを掛けて上がって来るのが普通だから、「あかつき丸」は舷側に有刺鉄線を張り、船橋から死角に入る船尾の部分を見張るために特別な暗視カメラを設置した。放水設備は当然持っている。
 日本財団としては、今後、船の安全防備の方法の研究に手をお貸ししたい。何しろ日本の貨物船は丸腰で機関銃1丁持っていないのだから、たやすく侵入できないような装置がいる。その上で、マラッカ・シンガポール海峡が万一通れなくなった場合に備えて、96年から始めている北極海航路の開発も、航海の距離が2分の1で済み、保険料も安くなるというのだから、決してなおざりにはできないと考えている。
 



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