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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 老化の対策?実益かねて家事やろう  
コラム名: 自分の顔相手の顔 359  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/08/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   知人からぼけ防止の集まりに出ています、という通知をもらった。ダンスと園芸と麻雀だそうだ。私はダンスの練習はしたことがないけれど、嫌いではない。園芸は一日中やっていたいほどだし、麻雀は足が悪くなったら必ず始めようと思っているものである。
 麻雀のいいところは、やっている間に喋っていいところで、それがブリッジとは大変違う点だろう。ブリッジの沈黙はそれなりに緊張があるのだろうが、黙っていなければならないのは私の性格に合わない。私のようなお喋りも困ったものなのだけれど、ぼけると喋ることがなくなって、黙っているようになる。会話は、何歳になっても、人間が社会と触れるために必要なものだろう、と思う。事実、ぼけの最初の兆候は寡黙になるという形で現れることが多い。
 ダンスに関しては、友達が習い始めの頃、私の家の近くの駅前マーケットを通りかかって二人で驚いたことがある。そんなところにダンスの服や靴を売る専門店があったのだ。ダンスの靴やスカートは、普段着と違って夢があるから見ているだけでも楽しい。友達が靴を選んでいる間に私は尋ねた。
 「スカートはウエスト何センチまであります?」
 「八十八センチまではありますね」
 それなら大丈夫だ、と私は思っだ。ダンスを習うような人は皆スタイルがよくて、ウエストは六十センチまでなどと言われたら困ったものだ、と一瞬心配していたのである。
 しかし何よりのぼけ防止策は本当は家事をやることである。家事というものはほんとうに大変だ。殊に私のように古い家に住んでいると、絶えず気を配って破損箇所を修理していなくてはならない。壊れるだけでなく汚くもなるから、張り替え、取り替え、そのための職人さんとの交渉も結構手がかかる。他にもゴミは何時までに出す。お昼までにミルクと鶏肉とキャベツを買いに行き、今日は天気がいいからまな板を陽に干すことにしよう。午後は買って来た吊るしの服のカフスのボタンの位置を直し、夕方には水撒きをして……などと考えると仕事の手順には際限がない。
 冷蔵庫の中身を覚えることは、機能の悪いコンピューターくらいの精度は要る。古いものから食べる、買ってあったものをうまく使えるように記憶する、容器や道具をあるべき場所におく、などということだけでも、ぼけない前からできない人がいるのだ。老年になってそれができたら大したものだ、と私は思っている。
 そんなことはくだらない仕事だ。人間がみみっちいから考えることだ、などと言う人もいるだろう。しかし世間(の主に男たち)はこんな実益を兼ねたぼけ防止策をなかなか実行しないのである。
 



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