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少し前のニュースになったが、今度芥川賞を受けられた柳美里さんのサイン会をしようとしたら、威しの電話があって、それを重く見た主催者が、急遽サイン会を取り止めるという騒ぎがあった。 表向きの理由は、柳さんご自身とその書店の売り場に来る人に万一のことがあったらいけない、ということだったが、戦後の日本人に人格を喪失させた理由の一つは、信念と勇気を持たない人が、人間をやって行けるようになったことにある。 あらゆる企画というものは、やる前に、考えられる限りの場合を想定するのが主催者の義務だろうし、一度決めたら、少々の威しや嫌がらせには静かな抵抗を示して、所期の目的を貫くくらいの勇気がなければ、とうてい企画者の資格はないだろう、と思われる。 私でよければの話だけれど、今度柳さんのサイン会の時、隣合った机でサインさせてほしい。 この抱合せ作戦は、危険防止のためと言うより、破壊の目的を何がなんだかわからなくするためである。もっともサインをしてもらいに来る人たちは、柳さんが目的なのだから、柳さんの方には長蛇の列が出来て、私はお茶を引くことになるだろうけれど、私はかなり怠け者だから、サインの手が省ければけっこう喜んでいるので、決して傷ついたりしないから、適任だと思う。 こういう思いつきをするのは、昔日本を研究する文学者や学者の集まりがあって、遠藤周作さんや三浦朱門が、その準備委員をしていたことがあった。 当時イスラエルとアラブ諸国の仲は非常に険悪で、日本の警察は、その両方の代表の安全を非常に気にしていたのである。 その時、遠藤周作さんが名案(迷案?)を出された。つまり、アラブ系の国の代表と、イスラエル人の学者とを、常に抱合せで同じ部屋に泊めるのである。そうすれば、いかにアラブ系のテロリストといえども、どの部屋にバクダンをしかけたらいいのかわからなくなる。 まあ私は思想がいつもぐらぐらしていて、何事によらず「らくーに暮らせるのが一番いい」と考える方だから、思想や立場で柳さんを守るには役不足かも知れないが、爆弾を仕掛けられて殺されるなら、一人より二人の方が後の日本のために役に立つ、かもしれないと思う。 予定していたことは、少々の雑音があっても、実行することだ。女性の中には、雨が降っただけでも外出をやめる人がいて、私はそういう人とは友達にならないことにしているが、こういう人は小鳥ほどの勇気もないのである。 私はまだ受賞される前の柳さんに、一度ご挨拶をしたことがあるだけだけれど、刺客も現場で柳さんを見たら、その魅力にぽうっとなって、危害を加えることなんか忘れてファンになるだろう。かくしてサイン会は無事に終わるのである。それが私のシナリオだ。
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