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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 精神の粋な人たち  
コラム名: 私日記 連載45  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1998/02/15  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九八年一月十九日
 午後、東京会館で『財界』から「財界賞特別賞」というのを頂くので出席する。
 受賞の理由は、私が海外邦人宣教者活動援助後援会というNG0で二十五年間お金集めをして、途上国に送り続けたことに対してだという。
 恥ずかしくなって、昨夜、受賞の言葉を作文した。昔はなんでも原稿なしで喋るのが好きだったのに、最近は趣味が変わって、何でも作文にして残す習慣ができた。濃縮したことが言えるから。
 善行をしようなどという心根から出たのではなく、ルーレットで大当たりしたお金を、マダガスカルの貧しい産院に寄付したのが発展のきっかけなのだから、爾来、神は博打場にもいらっしゃると確信するようになった。
 賞状の楯に、私の顔がレリーフでついていた。五台のカメラで同時に写真を撮られて作ったもの。頬骨が出て、実によく似ている。タヒチのゴーギャンが愛した女が年とったみたいな顔。これは少し褒め過ぎだろう。夫はけっこうおもしろがっている。
 一月二十日
 朝八時半、自宅を出て財団に出勤。
 九時半、笹川記念保健協力財団から、ハンセン病の薬についての説明。
 十時、執行理事会。
 十一時、ペルーのマヌエル・加藤神父来訪。貧しい地区に建てる病院について。
 午後一時、『防災情報新聞』の対談。お相手の石原信雄氏は財団が用意している防災準備品も見て帰られた。
 二時、毎日新聞から四人のお客様。
 三時、BG(ブルーシー・アンド・グリーンランド)財団から苫米地会長来訪。七月七日に完成する沖縄のマリンピアザオキナワについて説明を受ける。学生も一般人も泊まれる海洋スポーツのメッカになるとのこと。七月七日の開所式には出席いたします、とお約束した。
 五時、国立劇場。典型的な長い一日。つ、か、れ、た。
 一月二十一日
 九時少し過ぎ、新横浜発。車内で海外邦人宣教者活動援助後援会の受け取り百四十枚にサインをする。新幹線はかなり揺れる。字の下手なのは、揺れのせい、にする。名古屋までで、大体終わる。
 新大阪十一時半着。大阪国際交流センター開館十周年記念講演。終わってすぐ、また駅にとって返す。列車の中で少し眠り、家へは夜八時帰着。台所のテーブルの上に載せてあった鯖鮨を一人で侘びしく食べた。でも鯖鮨は大好物。
 一月二十二日
 十二時半、ペルーのアリトミ大使夫妻と会食。日本財団はペルーに小学校五十校を建て、今年はイキトス地方で家族計画のプロジェクトを始めた。既に五、六人は子供のある家庭の夫婦に限って、望めば避妊の手術を行うもの。それらの仕事がどう進捗しているか、報告を伺う。
 先頃、早稲田の探検部の学生が殺されたのは、このイキトスの近くである。私はフジモリ大統領が実情を見て来てくれと言われたので、行ったのである。高床式のスラムは、下水もなく、下には汚物も混じった泥が堆積していた。
 兵隊なら安心だと、学生たちは信じたのだろうが、ペルーは別としても兵隊や警察が時には泥棒や密輸業者を兼ねると噂される国は、世界にかなりある。探検部はそのような怖さも知らねばならなかった。
 財団に戻って決裁と雑用。
 夜六時半から近くの料理屋さんで、マダガスカル・ルワンダ旅行の同窓会。霞が関からもマスコミからも全員集合。饗応とは言わせないため、会費は皆から取りたてた。誰もがシスター牧野とシスター遠藤の帰国を待って会いたい、と言う。家に帰ってシスター遠藤から来ていた手紙を見ると、厚生省の江波ドクターが指を手術してやった患者はその後来ないところを見ると治ったのでしょう、と嬉しそうに書いてあった。
 一月二十三日
 朝、息子の太郎に誕生日のお祝いをファックスで送る。
 午後一時、タイの女性地位向上協会のトムソム女史の一行。この協会はタイの駆け込み寺の役割を果たしている。
 私が行った時には、エイズの発症した子供を抱えた母が隔離病室にいた。子供は、パンツをはき換えさせるために立たせようとしてもだるがって泣いていた。エイズの子は、この世で一切いいことはなかったという泣き方をする。
 三時から、社会経済生産性本部主催の「東京トップ・マネージメント・セミナー」で講演。そのまま三戸浜へ。
 一月二十四日
 偏西風激しく吹く。
 毛利彰さん来訪、私の二本の新聞連載小説の挿絵画家である。同行者二人は、それぞれ主人公の挿絵のモデルになってくださったお友だち。
『天上の青』の連続殺人犯のモデルを買って出てくださったのが橋本好行さん。実物は心優しい菜食主義老で、肉は見るのも嫌だと言う。『夢に殉ず』の徹底して身勝手な自由人の人相上のモデルを務めていただいたのが剣持寛昭さん。精神の粋な方たちだ。
 私の手料理で、ご一行さまは焼酎の一升壜一本をお空けになった。
 



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