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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 銀行の自由競争?一体何をサービスしたのか  
コラム名: 自分の顔相手の顔 144  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/05/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   銀行が威信を失墜したのは、いい気味だと思っている人は世間に多いのである。
 この数年、銀行は実に何も預金者に対しては努力をして来なかった。何もしないで、惰性で生きている企業は必ず運命が衰退する。店頭で待たせるだけで、サービスをしないのが銀行だと預金者は思って来たのだ。
 サービスはしないくせに、定期預金を解約すると言うと「何にお使いですか?」と聞かれたことはある。一瞬「男(女でもいい)に手切れ金をやるんでねえ」とか「麻雀で負けたんです(私は麻雀をしない)」とか、どういう嘘をつこうか考えた。銀行にはそんな個人的な理由を聞くいかなる権利もないだろう。
 「インドのルピーと中央アフリカのセーファー(共にお金の単位)は今ドルに対していくらですか」
 と問い合わせをすれば「うちはドル以外の外貨を扱っていませんのでわかりません」と調べてくれる気もない。私がこんなことを聞くのは、私が外国を援助するためのNGOで働いていて、援助の申請が、ルピーとセーファーで来たからなのである。
 外国の調査で使う百万円分のドルを、 「五十ドル、二十ドル、十ドル、五ドル、一ドルで、それぞれ何枚ずつお揃えください。ただし、それだけ集めるのは大変でしょうから一週間くらい後でけっこうです」
 と言ったら、
 「百ドル分をセットにしたのがあります。それしかご用意できません」
 と言われた。この時ばかりは、私はうちの近くの銀行から預金を引き上げる決心をしたくらいだった。一体この一率右へ習えの低金利で、銀行は何年かに一度、この程度のことを頼んでもしようとしなかった。まさに気がないとはこのことだ。彼らは中央官庁の真似をして、できない理由だけは実に素早く正確に言うのである。
 このドル紙幣のことについて、後日銀行が謝った時、私は言った。
 「人にはいろんな理由があるものです。私がスパイで、私が誰かに渡すお金の紙幣の額と枚数の取り合わせが、細かい通信文になっているということもあるとはお考えになりませんか」
 もちろんこれは笑い話だが、完全な笑い話でもない。私は今までに何度か家族と、私がどこかで身柄を拘束されて、無理やりに喋らされたり書かされたりする連絡文の中で、こういう話題をさり気なく喋ったり書いたりしたら、それまでに喋ったり書いたりしたことはすべて嘘だという合図だという打合せをして家を出たことがある。個人の自由を奪うような危険な社会体制の国家は、今までずいぶんあり、私はどこかにその危険を感じて外国へ行っていた。
 銀行は、世間の誰でもがどこででもしていた自由競争と努力をこれからすることになる。それが普通で当然だ。その普通で当然のことを、今まで彼らはやらなかったのである。
 



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