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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 雲の上?引っ越し荷物が狂わす国情認識  
コラム名: 自分の顔相手の顔 287  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/11/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この十月の半ば、アフリカのマリという国の首都バマコで、私は農業改革の会議に出た。自国民に食べさせるということは、どこの国にとっても最初で最後の重大目標である。日本では、どこの国でも国民を食べさせることくらい当たり前だろう、と思っているだろうが、アフリカにはそれがまだ達成されていない国がたくさんあるので、私が働いている財団はアメリカのカーター財団と組んで改革の仕事をしているのである。
 私は他の人たちと、コンゴ、チャドなどという国で取材をした後で、マリに入ったのだが、東京から会議のためにパリ経由で来た人たちは、到着地で受け取るようにしてチェックインした荷物がバマコに着かなかった。パリのドゴール空港で積み残したのである。
 暑い土地に来て着替えもないのではさぞかし不自由だろう、と気の毒だったが、同じ便で来られたアメリカのカーター元大統領一行の荷物十数個も、同じ運命を辿って出て来なかったらしい。さすがにパリではアメリカの出先機関が強引に動いて、カーター氏の荷物の方はバマコに届けられた。
 バマコで私たちが泊まったホテルは、第二番目くらいにいいホテルだというが、私は自分に与えられた部屋に、何カ所の機能していない機械があるかを数えながら眠りについた。しかしアフリカで湯浴みができるということは王侯貴族の贅沢だから、私は全く満足していたのである。
 翌日、カーター元大統領も泊まっておられるこの町一番のホテルに行った。玄関ホールに引っ越し荷物としか思えないものが大量に積んである。長椅子、ソファ、電気スタンドが数台、冷蔵庫二個、コンピューターやコピー機など数台。絵らしきもの、その他。それは近くこの国を訪問するアメリカの国務長官オルブライト女史を迎えるために、アメリカが持ち込んでいるものだ、という。
 私のホテルでは、三泊した間に数回の停電があった。すぐ回復したが、アメリカはオルブライト女史の部屋にはそんなことは間違っても起きないように事前に手配しただろう。私が自室で「湯浴み」をしたと書いたのは、風呂桶に溜められるほどのお湯は出ず、シャワーもちょろちょろで事実上使えず、私は洗面器に溜めたお湯を手桶で掛けて使った。そのための手桶はアフリカ行きの備品として常に携行しているのだが、オルブライト女史の部屋にはお湯はたっぷり出るだろう。
 アメリカは自国の要人が来ると、ソファから絵や冷蔵庫、水とコーラまで運び込むんです、と教えてくれた人がいる。アメリカはいよいよ訪問国の実情がわからなくなり、観念的な国際関係をむりやりに築こうとするだろう。
 もしこの引っ越し荷物の件が誤報だったらきっとどこかから投書がくるはずだから、それについてまた報告するが、国務長官がこれほどの「雲の上」にいるようだと、アメリカの世界認識はますます狂って来ることになる。
 



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