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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 疑うという悪意 親切を尽くそうという善意 共存が必要  
コラム名: 不正義との決別 41  
出版物名: 夕刊フジ(大阪)  
出版社名: 夕刊フジ  
発行日: 1997/12/03  
※この記事は、著者と夕刊フジの許諾を得て転載したものです。
夕刊フジに無断で複製、翻案、送信、頒布するなど夕刊フジの著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   トップは“ワル”で社員は「いい人」
 日本財団に入って、わたしは外部との濠を埋めようと決めましたが、トップと社員の間には濠というか溝がないわけにはいかないと思います。わたしも、わりと人使いが荒いし、職員が嫌な方向にだって制度を変えますからね。
 たとえば、ウチは海外出張でオーパーナイトする場合、どんな新入職員であろうと飛行機はビジネスクラスだった。現地に着けば、働かなくてはいけないのですからね。でも、ある時、わたしがビジネスクラスに乗ってふと見たら、職員がドンペリニョンのシャンパンを飲んでキャビアを食べている。その職員がぜいたくだということではなく、ビジネスクラスだから自然にそういうものが出てくるわけです。
 でも、わたしはそれを見て、がくぜんとしたんです。ドンペリニョンを飲んでキャビアを食べているようでは、絶対にウチの財団はダメだ。やっぱり隣にエビ採りの季節労働者がいたり、赤ん坊を抱いて字が書けなくて、入国カードをどうしたらいいんだと困っているような人がいなくてはいけない。それで、帰国してすぐに制度を改めましてね。三十九歳まではいかなることがあろうとエコノミークラスだ、とね。
 わたしはそれがいいかどうかわからないけれど、新幹線でも名古屋ぐらいまではグリーン車に乗らないことにしているんです。飛行機でも上海ぐらいの近い距離はビジネスをやめて、みんなで一緒にエコノミーに乗るようにしました。
 三十九歳までエコノミーと決めると、それは反発も出てくると思いますよ。でも、わたしは憎まれるのも一つの仕事だと思っています。職員のクビを切るのも憎まれるのも一つの仕事ですから、仕方ないですね。
 トップはワルでいいんじゃないでしょうか。社員がいい人で、社長がワルというのが一番いいんじゃないですか。今はトップだけじゃなくて、日本人みんながいい子ちゃんになりたがっていますね。自分はいかにヒューマニスティックな人間かということを言う大合唱に加わりたいという情熱が強いから。でも、トップがそれだとちょっとダメかもしれません。危ないかもしれませんね。

 直属の忍者部隊組織し金銭チェック
 わたしは「海外邦人宣教者活動援助後援会」(注)というものを二十五年間やっていて、人を疑うことで仕事をしてきました。人を疑わなければ、人様からお預かりしたお金を安全に使えないということに徹してきたんです。その感覚で財団もやっています。使い道を徹底して疑うという態度ですね。
 それで、会長就任の記者会見のときに、新聞記事向けに「障害者マラソンをやりたい」ということと「会長直属の忍者部隊を作りたい」ということを言ったんです。
 忍者部隊というのは、ウチがお金を出しているところの抜き打ち調査をやる人たちのことです。世の中にはいろいろな会社がありますが、社長がおっかないので調査会社がやや提灯もちみたいな報告書を作るということもあり得る。でも、わたしはむしろ、自分の財団の失敗点を調査会社に取り上げてもらいたいぐらいなんですよ。そうでないと意味がないからです。それで忍者部隊を作りました。
 ただ、忍者部隊は陰険ではいけない。会社のやった悪いことを黙って暴くというのではいけない。もちろん、対外的には忍者の名前は言いませんが、会社内を連れて歩いているので、だれが何の忍者なのかは有名です(笑い)。
 でも、調査するときは徹底して調査します。刑事コロンボと同じように何度も何度も同じことを一人ひとり違う人に聞くんです。そうすると必ず食い違いが出てきます。
 徹底して人を疑うことは必要です。わたしは、「疑うという悪意」と「心底で絶対に人に親切を尽くそうという善意」の矛盾する両方が共存していないとダメだと思います。財団の仕事は、人を幸せにするということです。その情熱がない人はまったくダメですが、そうした基本と、人を疑うという嫌らしい行為とは同居しなくてはいけないと思っています。
 たしかに、会社には秘密のひとつやふたつ、あって当然だと思います。技術的な秘密もあるし、相手様があることだから言えないということもあるでしょう。わたしも小説家ですからね、秘密はわりと好きなんですよ。だから、財団の会長に就任する前、(理事長の)笹川陽平さんに言ったんです。「わたしは組織なんて見たことがないから、もし秘密にしてあることがあったら最初に言ってください」と。そうしたら、陽平さんが「ひとつもありません。何をお書きになっても結構です」と言ってくれました。
 それ以来、わたしは今に至るまで勝手に書いています。財団は主務官庁である運輸省と緊密な連絡がありますから、ヒミツなんてありえない。何のためにお金を使ったかも全部筒抜けなんです。だから、ウチはとても楽ですね。
 やはり基本がキチンとしていないと、組織はやれないでしょうね。まだ(会長に就任して)二年ぐらいのわたしが言うのはおこがましいですが、基本がグラグラしていると、組織はやれないと思います。そういう意味で、わたしが財団に入って驚いたのは、部屋を出るときにみんなが電気を消すことでした。わが家なんか家中つけっぱなしですからね。
 やはり、組織が折り目正しいということは、人間の基本精神と関係がありますね。だから、ウチの財団はしっかりしているのだと思います。 (談)
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 (注)海外邦人宣教者活動援助後援会
  曽野さんが代表をつとめる民間の貧困救済活動団体。アジア、アフリカ、中南米諸国で宣教活動を続ける日本人神父らを通じて、現地の貧困層に医療・教育などの援助活動を行っている。昭和四十七年から活動を始め、現在、支援者数約千六百人、寄付金総額約四億九千万円の規模に膨らんでいる。曽野さんをはじめとする運営委員は全員が手弁当で活動しており、「必要経費」は銀行送金料だけ、と徹底している。
  その功績を認められ、平成九年度吉川英治文化賞、第四回読売国際協力賞を団体として受賞した。

 



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