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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食事と教養?こんな男なら成田離婚する  
コラム名: 自分の顔相手の顔 198  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/12/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   仕事でローマに行く時には、いつも泊まる宿がある。まあ一流だが、何よりいいのは、地下鉄の駅の真ん前で、タクシー乗り場も近くにあり、おいしいサンドイッチを食べさせる店が二軒もあって、お上りさん旅行にはうってつけなのである。
 朝、静かな食堂に出ると、目の前に有名なバルベリーニ広場が見えて、本当は賑やかな場所なのだが、お互いの会話が隣人に煩いと思われると申しわけないので、声をひそめるほどである。
 客の六割は日本人の若いカップルである。多分新婚さんだろうと思う。新婚さんを集めた団体旅行というものも最近ではあるらしい。最近の若者たちは、外国旅行へ出る時には、異常なくらい悪い服装をしているから、昔の観念で言うと外見では新婚さんかどうかわからない。ただ忙しい十二月に二人連れで来て、「今日はこれから買い物です」などとお互いに言っているところを見ると、やはり新婚旅行なのかなあ、と思う。
 たいていのカップルが黙りこくって食事をしている。食事の礼儀というものは、ものぎれいな作法に叶った食べ方と、その場に適した「教養のある会話」とが対になっていなければならない、ということになっている。教養とはいかなるものかはなかなかむずかしいのだが、別に哲学や文学の話をしろ、ということではないだろう。普段から読んでいるまっとうな活字の本の量によって、教養というものはつくのだろうと思う。その知識をさらに自分の生き方でお料理して身につけたものが、たぶんほんとうの教養である。
 新婚旅行から帰るやいなや成田で離婚する夫婦が、最近ではけっこういるらしく「思い切りよくていいですよ」という人もいるが、たまたま或る日私のテーブルの隣に座った若いカップルは、ビュッフェから取って来た甘パンを男性は三個、女性は一個、手もつけずに食べ残して出て行った。ビュッフェというものは欲しければ何度でも取りに行けばいいのだから、食べ残さないのが礼儀なのだが、とにかく強欲に取って来ておいて食べないというのは、アフリカで飢えている人たちがたくさんいるというのに、もったいなくてたまらない。
 私がこういう男の奥さんだったら成田離婚をするだろう、などと一瞬余計なことを考えた。彼にすれば新妻が勝手にたくさん取って来てとても食べられないから残したのかもしれない。とすれば同じ成田離婚でも夫が妻のやり方にうんざりした結果ということになる。
 日本の若者たちは、外見はファッショナブルになったけれど、お皿を持ち上げたりして「洋食」の食べ方を知らない人もまだけっこういるし、何より会話もなく、つまらなさそうにご飯を食べている。内心は幸福の絶頂なのだろうが、パンも食べられない人がいくらでもいることを考えられない立派な学歴のある若者を、親と教師は作ったのである。
 



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