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“歴史的な日”に法王と接見 前回、日本財団が今世紀中のハンセン病制圧に力をいれていることをお話ししました。亡父・笹川良一は、後半生のかなりの時間をハンセン病とのかかわりに費やしました。一九六一年、世界保健機関(WHO)の熱帯病特別研究がハンセン病予防ワクチンの試薬を完成した際、父は世界で初めてワクチン接種を受けた人です。ハンセン病は、古来不治の病といわれ、恐れられてきました。そして、恐れが偏見と差別を生み、一度病に侵された人は、例え治癒しても社会復帰は不可能とされてきたのです。 戦後、開発された画期的な治療薬によって、これまでに八百万人以上の人々が完治しています。父は自らが一号接種者になることにより、ハンセン病が人間が患う、ごく普通の病気に過ぎないことをアピールしたのです。今年亡くなられたマザー・テレサから祝福を受けたのも、私たちの活動を勇気づけました。 一九八三年五月九日、父、笹川良一はローマ法王ヨハネ・パウロ二世から特別接見の栄を受けました。「人類を貧困、病苦、不公平から解放しようとする努力に敬意を表するため」というのが特別接見の理由でした。この席には私も随伴しました。事前に儀典長から通常の接見室ではなく特別の部屋で接見がなされる由を知らされていたものの、いかなる部屋かは皆目、見当がつきませんでした。 バチカン内のトンネルのような長い廊下を曲がりくねりし、私たち親子が通された部屋は法王の執務室でした。扉が開かれると純白の法衣に身を包んだ法王が立っておられました。法王は父に歩み寄られ、ひしと父を両腕で抱かれました。初対面の人を抱擁するのは父の得意技でしたが、この時ばかりは父の完敗でした。父はこの時の感想を「まるで幼い時、父親に抱かれたような気持ちがした」と話しています。法王は「あなたがたは人々を病苦から救うため努力されている。今後もハンセン病対策に一層の努力をお願いします」と励まされました。 実は法王の特別接見が行われた日は、法王庁にとって歴史的な日でした。この日、ローマ法王庁は、三百五十年前に地動説を唱え、処罰されたガリレオの名誉回復を宣言したのです。ガリレオは無知、偏見、そして差別に悩まされながら生きた人です。法王庁が教義に基づく誤謬(ごびゅう)を正すまでに年月がかかりました。今後の課題は、病に対する世間の無知、偏見、差別をどう払拭(ふっしょく)するかです。 ガリレオの名誉回復に費やされたような長い年月をかけてはなりません。私は亡父の遺志を継ぎ、今後いっそうハンセン病に取り組む覚悟です。
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