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著者: 高木 純一  
記事タイトル: 野生生物を海難救助せよ〜ナホトカ号重油災害から何を学んだか〜  
コラム名: 特別寄稿   
出版物名: クリーンアップキャンペーン’98 REPORT  
出版社名: クリーンアップ全国事務局  
発行日: 1999/03  
※この記事は、著者とクリーンアップ全国事務局の許諾を得て転載したものです。
クリーンアップ全国事務局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなどクリーンアップ全国事務局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  1.環境災害という考え方
 災害といって、普通思い起こされるのは、地震、風水害、津波といった天災でしょう。ところが日本では余り聴き慣れない言葉なのですが、環境災害という概念が存在しています。これは自然環境の多大なる改変を伴う人災・天災を示す言葉で、通常の災害に対する視点が人間を中心に据えているのに対して、自然環境を中心に据えているもので、物事の見方が異なります。
 その環境災害という表現が最も相応しいと思われるものとして、例え事故の規模自体は大きくなくとも、野生生物や地域の生物環境に多大な被害をもたらす油流出を伴う海難事故があります。
 我が国では海洋油濁を伴う海難事故を防除する主たる目的は、人身被害と漁業被害の防止にあります。これに対して先進諸外国では、人身被害の防除は当然として、生態系保全がその目的とするところなのです。私たち人類も生態系の一部を構成している生物であり、人類が生きていくためには様々な他の生き物との関わり無くしてはいられません。漁業自体も海洋生態系の一部である魚介類を収獲することを鑑みれば、生態系全体を保全することは、漁業の将来を保全することに繋がります。ひいては人類存続の要件ともなるのですが、日本では海洋汚染被害に対する認識が、非常に狭義に論議される傾向があり、このために野生生物への油濁被害の防除および救護や自然資源損害アセスメント(環境影響調査)については、ともすると感傷論として捉えられることが多いのです。
 この数十年、油流出事故が野生生物の個体数やその生息地に壊滅的な影響を与える可能性があるということが認められています。’89年3月にアラスカで発生したタンカー、エクソンバルディーズ号の流出事故だけでも、30万から64万羽の海鳥、3,500から5,500匹のラッコ、そして数百匹のアザラシ類が直接の影響で命を落としたと推定されています。さらに油流出事故が潮間帯に生息する生物と底生生物の個体群を壊滅させることも珍しくはありません。すぐに生じる被害は目にも見えるのですが、表面化しにくい2次的な被害も深刻なものです。例えば油で汚染された貝が、それらを捕食する鳥や潮間帯に生息する動物などを汚染します。致死量にまで達しない海鳥の汚染は繁殖を妨げて、その個体群の被害からの回復能力を低減させます。そしてこれらの被害は、単に油の流出量に規定されるのではなく、その地域が渡り鳥の営巣地であるなど生態学的に脆弱なところであれば僅かな量でも深刻な被害をもたらします。その例として顕著なのは、この原稿を書いている間に発生したラムサール条約登録地でもあるドイツのワッデン海での木材運搬船パラス号の船上火災とそれに続く座礁、燃料油流出事故でしょう。船の大きさは僅か8,000t弱、流出した燃料油の量も50t程度でしかないのですが、その場所が丁度、10万羽もの海鳥の越冬地の真中で、ドイツで唯一の繁殖個体群のハイイロアザラシが生息し、計画中のネズミイルカのサンクチュアリが付近にあるという場所であるため、その被害は日増しに増えるばかりであり、海洋油流出に関する最も権威ある国際的情報誌「Oil Spill Intelligence Report」は、海難事故に伴う被害としては欧州史上3番目の規模に達していると報じています。どんな影響であっても絶滅危惧種やその餌、生息地に関係してくると、特に事態は深刻です。失われた収入や財産への被害なら補償金で迅速かつ簡単に償うことができます。しかし、被害地の野生生物の個体群や生態系は回復するのに数年、数十年かかりますし、生物種は一度絶滅してしまったら2度と回復することはありません。そのような意味で自然環境にとっては正に災害なのです。
 
2.日本環境災害情報センター(JEDIC)とは
 ’97年1月に日本海で発生したあのナホトカ号重油流出災害の際に、寒風と霰の吹き付ける厳寒の日本海で漂着油の回収と野生生物の救護、自然資源損害アセスメント(環境影響調査)を行った団体のうち数団体が、97年4月、東京に集まり、その経験を生かし今後の対策を推進するため、共同報告書「環境災害の危機管理?ナホトカ号流出事故に学ぶ?(市民からの提言)」をまとめ発表しました。その後も活動は継続し、同年7月に再び東京湾にて発生したダイアモンド・グレース号原油流出事故を経て、日本環境災害情報センター(JEDIC)を結成しました。以後、全国、時に全世界的に海難事故などに伴う油流出に関する情報収集と提供、野生生物への被害の実態調査と救護の助言と実践を行っていますが、平常時にも海上保安庁や環境庁などの関係省庁および民間の関係団体を講師に招いた月例勉強会や、関連施設の訪問などを行っています。参加団体は(財)日本野鳥の会、(財)世界自然保護基金日本委員会(WWF?Japan)、(財)日本鳥類保護連盟、日本財団、WRV野生動物救護獣医師協会、地球環境パートナーシッププラザ、ジャパンエコロジーセンター(現・(財)日本環境財団)、日本ウミスズメ類研究会、JEANクリーンアップ全国事務局であり、近い将来には事務局体制を整え、かつ環境庁や海上保安庁などとも情報交換を密にして、関係行政間の橋渡し役としても、活躍しうるものとしたいと考えています。
 
3.海洋油濁汚染への対応の変化
 日本では総延長約34,600kmの海岸線のうち、現在、防災面から保全区域に指定され、管理者が決まっているのは約13,700km、うち港湾は運輸省、漁港は水産庁、干拓は農水省、それ以外は建設省が直接管理するか管理を都道府県、市町村に委託しています。残りの地域の管理者は法的にははっきりしていません。そのため日本海でのナホトカ号事故時の対応体制の不備のほか、座礁した外国船が置き去りにされたり、漂着した流木の処理に困るなど海岸を舞台にしたトラブルが相次いでいますし、昨今の4WD車ブームによる海浜への車の乗り入れなど増加する海岸地域の利用調整もおざなりにされてきました。これらに対応する体制は法的には定められていないため、慣例的に市町村が中心となって対処してきたのが実情でした。市民レベルではボランティア活動でのビーチクリーンアップなど景観保全活動も活発になったのですが、大規模な海岸線の汚染事故などが起きたときの対応体制は依然として不明確な状態でした。
 またそれまで、外洋での大規模な油汚染事故を想定していなかったため、‘97年12月には、油汚染に対する準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約)に基づく国家緊急時計画の見直しが閣議決定されました。これに伴い国や地方行政などでは、災害対策基本法に基づく地域防災計画の見直しなど様々なレベルで各種の改善が進められています。
 その中で、最も画期的なのは神奈川県の対応でしょう。ナホトカ号の事故の際、関係機関やボランティアの連携が必ずしも十分でなかった教訓を踏まえて、県と日本野鳥の会神奈川支部、横浜獣医師会などは’98年6月に、相模湾や東京湾での油流出事故に備え、海鳥などの野生生物を救護するための役割分担を決めました。これによると、県は事故情報の収集・連絡を受け持つほか、漁協などの協力を得て油濁被害を受けた海鳥の一時収容施設を海辺に確保し、野鳥の会や市民ボランティアは、野鳥を保護して、一時収容施設や救護施設に搬送し、獣医師らは収容施設や救護施設で回収された鳥の洗浄や治療に当たり、鳥が死亡した場合も死因を分析・記録し、平時には救護技術の研修も行うそうです。このように行政と自然保護団体が協力して救護体制を整えたのは全国で初めてのことです。
 このように私たち日本人は、あのナホトカ号事故から多くのことを学び、多くの改善を行ってきました。しかし、未だに野生生物に対する海難事故の影響について、世間の理解度は低いのが実状です。’96年度の海上保安白書の海洋汚染の海域別発生確認件数によると、東京湾だけで65件の油による汚染件数が報告されており、今後も事故は発生し、多くの野生生物の被害が発生する恐れが十分あります。次の必ず起こる油流出事故が起きた時には、野生生物の保護について。従来よりも高い優先順位が付けられることを強く望みます。


 



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