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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 鶏を絞めてから親子丼は始まる  
コラム名: 私日記 連載48  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1998/03/08  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九八年二月十日
 日本財団へ出勤。十時半執行理事会。
 小切手誤記問題の再検討。罰則を厳しくすることは私よりも笹川陽平理事長の意向が強いのだが、世間の常識というものもある。減給や戒告という処置は、実際に悪意があって金を使い込んだとか、善意であっても失った金額が大きい場合だという。今回のように財団には全く被害もなく、いかなる人の悪意もない場合、減給とすれば、それはその人の履歴にマイナスの記録として残る。それはあまり気の毒だ、ということになった。笹川理事長と会長の私は無給だから、減俸処分のしようがないので「罰金」を払うことにしようと提案していたのだが、この罰金という言葉も刑事罰を表す時にしか使わないものだという。
 しかし世間はどうあろうと、日本財団は日本財団としての姿勢を示すことは必要だから、結局、会長、理事長、関係理事二人はそれぞれ自発的「制裁金」を支払うことになった。私は「自戒金」の方がいいような気もしたが、そんな言葉はないらしい。部長以下四人は訓告ということになる。早速、十階の部屋で理事長から全員への訓示。秘書課まで空っぽになっている。
 その後、関係の八人に処分を示した紙を渡す。私あてのがない。自分で自分に出すことはできないのだそうで、仕方がないから、挨拶の中で気持ちを表す。制裁金は、私が二十万円、笹川理事長は十五万円で、有効なことに使ってもらうことになっている。
 十時、東北電力の千葉英之氏来訪。読売新聞社時代、上坂冬子と私という二人の大人気皆無のジャジャ馬おばんを十年間もあしらい続けて「大声・小声」という連載対談を続けてくださった名馬喰。
 午後一時、松下政経塾にいた堀本崇さん。カンボジアで僧侶になっていて墨染ならぬ黄衣姿。木綿だから寒そうだが元気でよかった。私の個人的な旅行でアフリカ、インド、南米、各地の調査を手伝ってくれた青年である。
 一時半、スロバキア大統領、ミハエル・コバーチ夫妻が財団に見えられる。大統領は銀行家、奥さまも大学の教授とのこと。握手をした時、奥さまの手の握り方があんまり強くて痛かった。こういうすばらしい握手は初めて。
 四時、国際青年会議所九八年度会頭のペトリ・ニスカネン氏。フィンランドの方だという。同行の日本側のJCメンバーのご家業を聞いていたら羨ましくなった。造り酒屋さん、お味噌屋さん、食品加工業。JCとは、旨いものを独占している会である。
 五時、東京プリンス・ホテルでコバーチ大統領の講演会。その後のリセプションで、九州にお住まいのサレジオ会のスロバキア人神父お二人と挨拶し「これがスロバキア料理」というのを教えて頂く。招待者の笹川平和財団のお嬢さんが「ホスト側なのだから、あまり食べたりしないように言われています」というのを「こういうスロバキアのお料理を食べないことは、勉強の精神に欠けているわよ」と禁を犯させる。
 その後、もはや二十年の昔になった長野県の高瀬川でダムを造った方たちと、市ヶ谷で会合。私が『湖水誕生』という小説を書いた時の、土木のお師匠さまたちである。咲きながら沈んだか、沈みながら咲いたか、高瀬の湖底で最後の花を見せた桜を、誰よりも深く悼んだ人たちは、同時に日本の今日の産業の根幹を造った人たちでもあった。
 二月十一日 休日
 午前中、窓辺で育っている二本のミニトマトを、一回り大きな鉢に植え替えた。秋に庭で落ちた種から生えていたものを、かわいそうなので鉢上げして冬でも育つかどうかの素人実験をしている。今までに一個だけなったが、急に花盛りになった。しかし結実するかどうかはわからない。
 二月十二日
 午前十時半、タンカーの勉強をしながらペルシャ湾岸まで行けるかどうかの可能性について相談。
 午後一時半から四時まで、法務省で第九回人権擁護推進委員会。終わってから東京ドームで食器の展示会を見る。日本の陶芸は一般水準は下がり、しかも思い上がっている。めん鉢コンクール入選の空疎な作品群に、若い作家たちの無思想、おもねり、目立ちたがり、鈍感を見る。
 そのままサントリー・ホールのドイツ・ベルリン・オペラヘ。今日はワーグナー・ガラ。私は連載を書く時、一つの曲を続けて聴く癖がある。『湖水誕生』の時には、今日の曲目でもあるローエングリンの第一幕への前奏曲をずっと聴いていた。ワーグナーを聴いていると、喜んで死ねるほど、この世で悲しみが深かったことに、大きな慰めと祝福を感じることがある。
 二月十三日
 午前中、三枝成彰氏と「レクイエム」の打ち合わせ。
 十二時半からエジプト大使館でエジプト文化芸術フォーラムの歓迎ランチ。三笠宮さま、早稲田大学のエジプト発掘調査のお歴々の懐かしい顔も見える。この先生方が若い頃、私は現地で親子丼を作って上げることにした。しばらくするとこっこっこという鶏の鳴き声がした。「鶏を絞めてから親子丼は始まる」という現実を、私は学んだのだ。
 



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