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私の一家は、どうも日本語の使い方が少しおかしいような気がするときがある。 具体的な例を上げなければならないだろう。息子はもう中年男なのだが、先日私は彼に、一人の外国人のことを尋ねた。どういう人か知っておく方が、その人に関係のある仕事をお手伝いしやすいと思ったからである。 「ああ、その人なら知ってるよ」 と息子はさらりと言った。 「○国人。××大学卒。専門は△△。 大阪駅のプラットホームで僕に、『日本のキヨスクにはいいものを売ってますねえ』って言うような人」 「何を売ってるって言うの?」 「お酒。僕に買ってこい、って言うことなのよ。自分はあんまりお金持ってないから」 「列車の中でお酒飲むのは幸せねえ」 「とにかく、うっとうしくない人だよ」 ほんの数十秒の間に並べたことは、すべて彼にとっては最高の褒め言葉なのである。 夫は最近、ヘルペスにかかった。我が家で一番最初にヘルペスをやったのは息子で、高校生の時である。顔の半分が膿みくずれてお岩さんのようになった。 なおりかけに、わざと繁華街を歩いてみたという。人がどういう目つきで見るかを体験する目的だった。 息子のヘルペスは、私が彼の若白髪を一本引き抜いた時、異常に痛がったことに始まった。今度夫は、朝起きたら、「髪が寝違いをして痛い」と言う。私が「そんなことあるわけないじゃないの」と冷たくあしらっていると、夫は突然息子のことを思い出し「もしかするとヘルペスだ」と思ったのだと言う。 数十年の間によく効く薬もできていて、夫は数日間家にいただけでどんどん快方に向かった。顔に病変さえ出なかった。 その間に夫は息子に電話をかけ、 「俺、ヘルペスになった」 と言った。すると息子は、 「大した病気じゃないよ。痛いだけだよ」 と答え、それから、 「親父さん、多分いい時に病気したんだよ。それ警告なのよ。少し休め、っていう。ここのところ働き過ぎてたでしょう」 「先週、韓国で十三時間会議した」 結果的に電話を切るまで、息子はお大事に、とも言わなかった。しかし多分、彼は彼流に父親を気づかったのである。息子の妻の方がずっと優しい性格だから、すぐ後で「お痛いんじゃないですか?」と心配して見舞いの電話をかけて来た。 世間には確かに「いい時に病気した」と思われる場合がある。その時、その人が病気にかからずやり続けていたら、間もなく死んでいたかもしれないのだが、病気をきっかけに食生活のでたらめや、勤務時間以外にも無理して働いたことを思い出し、生活を改変するのである。病気をしなければ、こういう人は決して生活を改めないのである。
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