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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 障害者の外国旅行で多くの感動  
コラム名: Interview 最終回  
出版物名: 建設グラフ  
出版社名: 自治タイムス社  
発行日: 1998/08  
※この記事は、著者と自治タイムス社の許諾を得て転載したものです。
自治タイムス社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど自治タイムス社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  霞ヶ関(官庁)と虎ノ門(日本財団)
は車の両輪

世界の福祉とわが国の文化、伝統の継承に貢献する日本財団は、政府と対をなしながら国を支えるという理念に立っている。官と民の隙間を埋めるようにして、様々な福祉事業を展開しているが、特に障害者による外国旅行は多くの感動をもたらし、改めて人間性とは何かを考えさせる好材料を与えてくれるイベントだ。シリーズ最終回となる今回は、そうした障害者の外国旅行に見られるエピソードを交えながら、官の役割、福祉のまちづくり、福祉の心などについて曽野綾子会長に語ってもらった。

??日本財団は、幅広い福祉事業を展開していますね

曽野 日本財団としては、車椅子のままで乗り込むことができる福祉車両を年間に1,700台、ボランティアグループや社会福祉協議会が行うデイサービスに利用してもらえるよう寄付しています。
 車種については、こちらでは決めていません。団体から要望のあるメーカーの車種を寄付しています。

??特別に注文するのですか

曽野 もうかなり定形化されているのではないでしょうか。価格的には、一般車両の価格に50万円から100万円程度を上乗せした恰好になりますが、メーカー側としては、これで利益を上げるというよりも社会還元と考えているようです。
 また、障害者の海外旅行を年に一度主催しています。ボランティアの人数と障害者の人数を敢えて調整せずに行っているのですが、これが意外にも上手くいくのです。これについて元看護婦だった人が「このような滅茶苦茶な比率での旅行は、日本では通常、許されないものですが、こちらでは上手くやっていますね、こういうことが出来るものなのですね」と。

??何かこつがあるのですか

曽野 特別扱いを一切しないことですね。みな同じ費用を負担することが原則です。例えば、入浴サービスを受けてもその都度、受けた人がサービスしてくれた人に費用を支払うなんてことはしません。そうすると、サービスを受けた人が、払ったのによくしてくれなかった、と文句を言うようになる。でも純粋のサービスなら文句を言ういわれがないんです。
 入浴時期が来たなら、私が「○○さんをお風呂に入れてくれる人は」と叫ぶと、みなが手を挙げて引き受けてくれるわけです。お陰で不満や苦情が出たことがありません。
 特に、ボランティアは障害者を移送するという任務を与っていますから、宿屋が悪いとか待たされたなどといった文句を言う人は、誰一人としていない。
 そして、約20日間の間は人生を共有するわけですから、単なる旅行とは違うおもしろさを知ることができます。
 だから、一般者も研修として参加し、障害者のお手伝いを経験してみると良いでしょう。これだけでも全てのことが分かるものです。この旅行に、財団からも毎年3人がボランティアとして参加し、力仕事などを引き受けたりしていますが、その人たちも非常に良い経験になったと喜んでいます。このようにして、障害者と交流をもつことに対する抵抗感やバリヤーというものがなくなって帰ってくるわけです。

??素人がいきなり参加すると、戸惑うことが多いのでは

曽野 最初の30分間は、みな車椅子を前にどうして良いのか分からないのです。今までは、主人である三浦朱門が車椅子の「移送隊長」を務めていまして、車椅子の取り扱いのご指導をしていたんです。そうすると、ものの30分も教えただけで、みなが全て理解してしまうのです。

??そうして旅行をすると、面白い場面に出会うのでは

曽野 ヨーロッパに盲導犬を連れていったこともありましたが、飛行機の中では前日から全く飲まず食わずというのに、一声も鳴いたりしません。そのため、みなが飛行機を降りるときになって初めて「あら、犬がいたのね」と驚いたりするのです。
 何しろ前の座席の下に頭を置き、後ろの座席の下に尾があるという状態でじっとねているんですから、上から見ても胴体しか見えないために、薄汚いレインコートが置いてあるとしか思えないのです。側を通って見る人も、犬だとは思わないわけですね。それでローマに到着すると、他の乗客が「あら一っ、犬がいたのよ、見てごらんよ」などと大声で驚いたりしまして、傍で見ていてなかなか面白い光景でした。
 ただ、盲導犬はそうして忍耐をしていますから、寿命も短いようですね。

??2月には長野五輪に続いて、パラリンピックが行われましたが、日本財団としてはどのような役割を果たしましたか

曽野 財団のボランティア支援部が、情報発信基地として設置されたボランティアセンターの運営費を負担したり、他のボランティア団体と財団の福祉車両を動員して、見学者の移送に当たるなど、様々な援助を行いました。

??そうして行政の手が届かないところを、補完する役割を果たしているのですね

曽野 私たちの財団はそれが目的なのです。民間と官庁との間を埋めていくというのが基本的な考え方です。財団には、政府の補助金や助成金などは、一円も入っていません。この財団は海をオリジン(起源)として発足した財団ですから、競艇売り上げの3.3パーセントの半分を海洋船舶の研究に投じて海事研究を行い、残る半分を福祉、ボランティア、海外援助、最近ではさらに芸術・文化の振興に投じています。
 珍しいものでは、太鼓連盟を財団法人で発足しました。太鼓は重度の難聴者でも、響きが身体に伝わるので一緒にできます。最近は若い女性にも巧みな奏者がいますし、そのうち老人太鼓などという分野もできるかも知れません。体を動かすので健康にも良く、また国際交流が容易にできるというメリットがあります。
 このように、放置しておくといつしか消えてしまいそうなものを保存するためにも投資しています。保存しておけば、いつかはまた復活する可能性もありますから。
 スポーツ財団も日本財団の関連団体ですが、ここではオリンピックの種目としては採用されない種目を集め、「スポーツエイド」と名付けて大会を催したりするのです。
 例えば綱引きなどという種目もあります。綱引きって私大好きなんですよ。単純でよくわかるし、なにしろ資金も場所も必要がなく、ただ一本の綱と広場があれば、老若男女問わずに誰でも参加できますからね。ゴルフのように会員権を買わなければできないというようなものは、私はあまり好きになれません。

??行政とは、どんな関係でありたいと考えますか

曽野 私は「官庁街となっている向こうは霞ヶ関、日本財団のあるこちらは虎ノ門で、お互いに役割分担を明確にしましょう」と主張しており「官と民は車の両輪ですから、霞ヶ関という車輪が不要とは言えないし、一方、霞ヶ関が虎ノ門という車輪を不要とするなら車は転倒してしまいますよ」と話しているのです。
 猫車というのも確かにありますが、これは操縦が難しいものです。やはり車輪は2つある方が良いのです。しかも安定するためには、同じ大きさであることが理想的です。霞ヶ関だけが大きいと、回転ばかりして前進できません。この両輪が同じ大きさで支え合って、この日本を支えていくというのが理想だと主張しています。

??以前に「論理の霞ヶ関、人情の虎ノ門」という対比を、耳にしたことがあります

曽野 霞ヶ関は、許認可の問題などを絡めて「できない理由を言う」ものです。そこで、虎ノ門としては「どうしたらできるかを早く言う」という姿勢で構えているのです。
 もちろん、許認可による規制は必要だと思います。野放図になったのでは困りますから、できない理由を言うのが悪いとは言えません。
 したがって、霞ヶ関は慎重に前例を重んじて公平に対応し、虎ノ門は前例を無視して迅速に対応するというのが基本姿勢で、霞ヶ関とは正反対のことを目指しているわけです。
 もしも、霞ヶ関と同じことをするならば、虎ノ門の存在意味がなくなってしまいます。

??官、民含めて、今後の高齢化社会に向けて必要なことは何だと考えますか

曽野 あまり億劫がらずに、バリアフリーの建築、設備、小物にいたるまでの技術を確立して、良い設備を安く提供できるように工夫することが大切です。
 これからは高齢者が増えてきますが、高齢者というのは、障害者ではないけれど健康人ともいえない中間者です。そういう人々のために、開発費を国や自治体、もちろんこの財団も含めて負担することで、少しでも安く入手出来るようにしてさし上げることでしょう。そうして人手をかけず、なるべく彼らが長く自立していられるようにすることが大切です。
 高齢者になった親が、どうすれば自分で顔を洗い、茶碗を洗えるようになるか、それはちょっとした配慮があれば可能になるのです。
 ですから私は、その技術を、建築、建設業に携わる人たちに開発してもらいたいと思うのです。

??各種の交通機関では、駅に身障者用エレベーターなどを設置するようになってきました

曽野 この2年間のうちに、私が子供の時から住んでいる田園調布駅でもエレベーターが設置されましたが、これは良いことですね。いちいち上げてもらったり、車椅子でエスカレーターに乗るのは怖いですから、気楽に乗れるエレベーターがあるのは助かります。
 空港などはこうした設備面で良いのですが、意外にダメなのはJRです。以前に私は足を骨折したことがありましたが、ある時、東京駅に行きたくてもなかなか道がつかない。不自由な人のために乗車の介助をするシステムがあるとのことですが、いちいちおおげさに介護されるのもおっくうなものです。できればエレベーターなどの施設を利用しながら自力で利用できる方が良いのです。
 親切の押し売りというのは決して良くないもので、できるだけ「冷たく、それでいて可能であるように」というのが理想ですね。
 その点、空港は世界中で障害者が自力で利用できるようなシステムが出来上がっていますね。
 特に、ロンドンの空港で感動したのですが、視覚障害の上に片足が動かせず歩けない女性がいたので、空港内を移動する電気自動車に乗せて欲しいと係員に依頼したところ、「この人だけは乗せられない」と拒否されたのです。
「なぜですか」と理由を聞くと、電気自動車にはカバーがないから危険なため、盲人は乗せられないとのことでした。二重障害者はそれだけ少ないということでしよう。
 そこで、「私たちが両側を支えるし、この人は本当に足が動かないのだから、ぜひ乗せて欲しい」と強く主張しました。
 その結果、係員はあっさり了解してくれ、送り出してくれたのですがミーティングポイントも何も言わなかったので、どこで他の人たちと落ち合うことになるのかと思っていると、車は人々が買い物をしている免税品店のところで止まりました。
 そして運転手が降りてきて「この人たちも口紅やその他、買い物をしたいだろうから、ここでおろします。30分後にまた迎えに来ます」と言ったのです。
 私は、これには心から感心しました。人間の優しさがありますよね。

??まさにジェントルマンとしての配慮ですね

曽野 その通りです。これまでイギリス人には、あまり好感を持っていませんでしたが、これを機に見直しましたね。
 ある時、飛行機の中でイタリア人のスチュワーデスが、「こういう障害者の方々のお世話をさせていただいて、有り難うございました」と、喜びの気持ちを込めて私に言うのです。これにも深く感動しました。
「他人の世話ができるということは、神の前の光栄」などと言いますが、日本人もこうであって欲しいものです。日本人にその才能がないわけではないのです。ただ、そうするように誰もが教えなかったということです。個人の身勝手さばかりを助長するような教育の結果は、日教組の先生たちに責任を取ってほしいものですね。

??戦後の教育には、自由と権利の背景には義務があるという教えが欠落していたと言えますね

曽野 その通りです。権利と義務は、まさに先に触れた「車の両輪」なのです。


曽野綾子(その・あやこ)
本名:三浦知壽子  洗礼名:マリア・エリザベト
小説家、日本芸術院会員、女流文学者会会員、日本文芸家協会理事、日本財団会長、海外邦人宣教者活動援助後援会代表、脳死臨調委員、世界の中の日本を考える会理事、松下政経塾理事、国際長寿社会リーダーシップセンター理事、日本オーケストラ連盟理事。

 昭和6年9月17日生、東京都出身。29年3月聖心女子大学英文科卒。28年、小説家で元文化庁長官の三浦朱門氏と結婚。29年、「遠来の客たち」で芥川賞候補となり文壇デビュー。作家として執筆、講演活動をこなす一方、日本財団会長や日本文芸家協会理事、その他政府諮問機関委員など多数の公職を務める他、敬虔なカトリック系クリスチャンでもあり、民間援助組織(NGO)である海外邦人宣教者活動援助講演会代表も務める。特に、この後援会での25年間にわたる活動が高く評価され、第4回読売国際協力賞を受賞した。
 45年、エッセイ「誰のために愛するか」が200万部のベストセラーに。54年「神の汚れた手」で、第19回女流文学賞にノミネートされたが辞退。59年臨教審委員。平成5年日本芸術院会員。日本財団理事を経て、7年会長に就任。最近、発表した作品は、海外邦人宣教者活動援助後援会の記録を著した「神様、それをお望みですか」がある。
 その他の主な作品:「無名碑」「地を潤すもの」「紅梅白梅」「奇蹟」「神の汚れた手」「時の止まった赤ん坊」「砂漠、この神の土地」「湖水誕生」「夜明けの新聞の匂い」「天井の青」「二十一世紀への手紙」「極北の光」など。
 



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