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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 元旦の決意?癒しのためちょっと手を貸す  
コラム名: 自分の顔相手の顔 188  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/11/09  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一年が経つのはあっという間だと、少なくとも中年以後の人々は嘆いているのに、世間はとにかく気が早い。私は買い物の八割を通信販売で済ませているのだけれど、カタログには十月の半ばだというのに、クリスマス用品は当然としても、もうお正月まで紹介されている。
 私は昔風の父の元で育った間に、お三が日、連日何人ものお客が来て、お酒を出して、台所では女たちがお皿を洗い続けて、お肴が時には足りなくなって、それなのに酔っぱらった人はなかなか帰らなくて、という生活に子供心にうんざりした。それで自分が家庭を持ったら、正月は寝正月、お付き合いは一切なし。お年賀に来てくださるお客は、八日以後のオフィスの時間にお眼にかかって、ということを固く決意した。私はこういうくだらないことしか固く決意しないのである。
 ただ、その間にやっていることがある。それは、親しい人で、独身者だったり、子供と離れて暮らしていて、急に最後の家族を失ったり、未亡人になったりした人と、最初のお正月をいっしょに暮らすのである。
 特に何のお構いもしない。お雑煮を食べて、年賀状を見て、十二時間も続くテレビドラマをお蜜柑を食べながら見たりする。夜はたいてい手がかからないので、スキヤキを食べる。ひどい時には、元旦が晴れていい冬の日だと、いっしょに庭の畑の手入れをしたりすることさえある。何しろ作家には暮れも正月もないのだ。
 私の友人が、一人者の心理を教えてくれた。その人は、正月は決して日本にいない。日本にいると、皆が家族だけで固まって仲よくやっていて、一人者を寄せつけないように見えるのがハラ立たしいから、必ず外国に出てしまう、というのだ。
 その時私は言ってやった。
 「そんなに仲よくしてはいませんよ。年越しの夫婦喧嘩もあるだろうし、息子夫婦にナイガシロにされて怒っている老夫婦もあるでしょうよ。妻が惚けて元旦から粗相した下着を洗っている夫もいるかもしれない。皆が幸せで固まっているなんて思うのはかいかぶり」
 人間はしかし誰でも、何かを思い込む。
 元旦やゴールデンウイークに、寂しい一人住まいの友人・知人と生活を共にするのはいいことだ。お互いに自然な安心感があるし、いっしょに暮らしてみれば、正月が家族がいれば寂しくないなどということもない、ということを知ることにもなるだろう。そして改めて自分の「ねぐら」が安住の地だということがわかり、自立して生きて行こうというふんぎりもつくのである。
 



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