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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 家庭用品?海外旅行の必須アイテム  
コラム名: 自分の顔相手の顔 100  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/12/01  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ずっと以前から、私は何度かほしいと思った旅行用品があった。日本ではあまり見当らないプラスチック製の手桶である。直径十二、三センチ、高さ十センチくらいで取っ手がついている。コップのお化けのような恰好である。
 私は外国で何度もお風呂のない所に泊まった。一応ホテルという名のところもあったし、修道院に泊めてもらうことも多かった。途上国の田舎では、修道院は最高級の宿である。清潔だし、最高のもてなしをして下さるから、栄養に欠けることもない。
 しかし水道も電気もない村では、お風呂に入ることはまず無理だった。私が訪ねて行く所には必ず日本人の修道女がいて、できるだけの設備はしてある。小さな発電機でタンクに水を揚げてシャワーは出るようにはなっているのだが、日本のシャワーの概念とは程遠い。水を引っ張って来た管の先に、私の眼ではキリで幾つもの穴を開けた缶詰の空き缶を取りつけただけとしか見えないものもあった。そこから力ない水滴が、細々と、勝手な方角に降って来る。そういう生活を、五十代、六十代の修道女たちがしているのである。
 そんな時、この手桶が一つあって、水を汲むことができれば、ざぶりと行水ができる。手桶一ぱいの水は、かなりの快い入浴の実感を与えてくれる。これより小さいコップでは、水をかけたという実感が出ないし、これより大きいと旅仕度としてかさばって仕方がないのである。
 今度、マダガスカルの田舎の市場で、やっと念願の手桶を買った。二十五円だった。何かと便利なものであった。途中のホテルで花もいけられる。果物も洗える。別に不潔なものを入れるわけではないから、食器にもなるだろう。
 その土地には、その風土に合ったいいものがある。アラブには、アラファトがかぶっているカフィーアという四角い頭巾がある。男性のかぶりものだが、日よけのほかに、風よけ埃よけ、虫よけ、寒さしのぎ、買った果物を包んで運ぶことや、手拭いハンカチの代用にもなる。毎日洗っても、薄い木綿だから、二、三時間で乾く。
 私の買った手桶の少し小型に見えるものを、インドなどでは男性が野原に持って行くのを何度も見た。用を足した後のトイレット・ペーパー代りである。水を使えばこの上なく清潔だ。
 旅に出ると、民芸品のようなおみやげものについ眼が向くけれど、私はこういう家庭用品が好きだ。そしてその次からの旅行に必らず持って行く。
 私が旅行用品に凝るのは、実は自分が弱いことを知っているからである。強い人は、暑くても寒くても、不潔でも、虫がいても平気だ。しかし私は虫に食われて痒いだけでも眠れない。眠れないと不機嫌になり、ひどくなると病気になる。そういう情ない自分の姿を見たくないのである。
 



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