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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 現実?裏声の合唱でなく真実の声を  
コラム名: 自分の顔相手の顔 394  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/12  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   新聞の配達もなく、買いに行くには二キロは歩かなくてはならない土地に来ていると、ついめんどうくさくなってニュースはテレビで見るだけになる。
 しかしテレビで新聞の醍醐味を味わうことは無理だ。私の興味は別の記事にあるかもしれないし、第一、じっくり考えながら読む、ということができない。テレビだけでも世界のニュースはわかるから大丈夫だと思う人たちが増えているが、新聞を読まない人は人生を考えることができないだろう。
 今朝のニュースでは笹川堯国務大臣が「いじめは絶対になくならない」と大臣就任の翌日の記者会見で言われたことを取り上げて、テレビ朝日が「こういうことを言うんですからねえ」という調子で非難している。
 初めに明らかにしておくが、笹川大臣は私が今働いている日本財団の笹川陽平理事長の兄上だが、私はそういう関係だからこの方のこの言葉を擁護しようというのではない。
 大臣には数回お目にかかりご挨拶をしたことはあるが、私は政治の世界とは全く別のところで仕事をしているので、別に政治家からどう思われても全く不都合も都合もないのである。
 今の日本の決定的な欺瞞は、「いじめは絶対になくならない」という真実を言えないことなのだ。そして大人たちが最早日本語をまともに成熟して読み取ることができない上、子供たちに人生の不備を解説する勇気もないから、皆が裏声を高く上げて「皆が優しい心になれば、いじめはなくなる。いじめがなくならないのは、教育が悪いからで、いつかはきっとなくなる」などと大嘘の大合唱をすることで自己のヒューマニズムを立証するのだ。
 「いじめはなくならない」ということは「いじめをなくすようにしなくていい」ということとは全く違う。いじめるのは総じて弱い性格だから、すべての子供たちを心身共に逆境に耐えるように訓練すれば、いじめる子も減り、いじめられる子も闘う方途を見つける。
 現世というものは、いじめも汚職も犯罪も決してゼロにはならない。事故もなくなることはない。しかし減らすことはできるし、それが人間の輝かしい功績である。
 昭和三十年前後に大ダムを一つ作れば、そのために数十人の命が犠牲になった。しかし数十年の間に、同じくらいの規模の工事の人命事故はゼロが一つ減るほどに押さえられるようになった。それでも、どの工事でも死亡事故がゼロで通せるということは至難のわざだろう。
 もう少し現実を正視したらどうか。テレビ局自体が、現実を正視しないでどうして政府に教育の失敗を押しつけるのか。アリストテレスの『形而上学』を開けば、すぐ次のような言葉が出て来るのだ。
 「さて知恵を愛する者の学は、存在するものを、まさに存在するというそのかぎりにおいて、部分的にではなしに、普遍的に考察するものである」
 



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