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作家活動のかたわら幅広い分野でご活躍の曽野綾子さん。ご夫婦のベスト・パートナーシップでも知られる曽野さんと、新聞記者として、また共働き夫婦としても長いキャリアをおもちの鹿嶋敬さんに、お互いを生かし合う夫婦のあり方、家族のあり方について語り合っていただきました。 食事だはは毎日三食、家族一緒に 鹿嶋 曽野さんのところはご夫婦で作家をされていますが、お互いに仕事中は干渉しないとか、食事はどうするとか、決まりごとのようなものはあるんですか? 曽野 何もないです。プロの作家は雑音があっても書けるものですから、何時までは静かにしなければならない、というようなことはお互いに決めたことがありません。ただ食事だけは朝昼晩三食、家族揃って食べるようにしてきました。子どもが学校へ通っていた頃は、朝の四時まで仕事していても、子どもに合わせて起きてご飯を一緒に食べる。子どもが出かけてからまた寝るという感じでした、食事中はテレビをつけませんから、その分、前の日にあったことや何かを、みんながしゃべるわけです。おかげで続いてきたという気がします。 鹿嶋 我が家も私が新聞記者で妻が公務員という共働きですから、忙しい時期は時間帯が合わない生活をすることになります。妻がぐっすり寝入った頃、私が帰る。私がまだ眠い頃、彼女が起きるという生活です。そういう時間差のある生活ですと、お互いに調整が必要ですね。私の場合は、子どもが小さい頃は毎朝、保育園まで送って行くとか、現在は駅まで車で妻を送って行くとか、そういうところで折り合いをつけてきたような気がします。それと子どもが保育園に行っていた頃、私は「子どもが出かけるとき父親は眠い目をこすってでも起きて見送るべきだ」と書いたことがあるんです。睡眠不足の日は子どもを送るどころか、起きるのもつらいですが、そんなときも読者にすすめたことを自分でやらないのは申し訳ない、言行不一致だということで、眠い目をこすって見送った記憶があります。その娘がいまはもう大学生ですが、「私が学校に行くときお父さんいつも寝てたよ」と言うんですね(笑)。 曽野 そういうことはありがちですね。でも絵に描いたような家庭というのは、どこかうそくさい、お父さんもお母さんも、だらしないところや困ったところがある、というのが家庭だと思います。うちは結婚したときに夫が「頑張るのは嫌いだ」と言うんです。それで頑張るのはやめよう、腐臭をたてるとかお隣に迷惑をかけるとか、そういうことさえしなければよしとしようと。そういう、あまり頑張らない生活をしてきました。それでも家庭のなかにユーモラスな視点さえあればなんとかやっていける。ふりかかった運命をおもしろがって生きられたらいい、と私は思うんです。 ガンバリズムよさようなら 鹿嶋 「カンバリズムよ、さようなら」という発想、私もかなり共感できます。私は高度成長期を支えてきた世代ですから、ガンバリズムというのが生き方のなかにあったんです。ところが数年前にある編集委員が「お父さんはもう頑張らない」という原稿を書きましてね。サンタクロースみたいに家族の求めに応じていろんなものを袋の中から分け与える役目はそろそろ卒業したい、子どももカミさんもそれぞれ自分を生かせる道を探ってほしい、という趣旨でした。最近は女性の側でも「脱・良妻賢母」なんていう議論が起きてますよね。共働き家庭の場合、何もかもキチッとやろうとしたらとても体がもたない、我が家の場合も、妻は疲れて帰ってきますから、食事は作っても、食べ終わったお皿はそのまま流しに置いて寝てしまったりする。私も共働きの仁義として文句は言わないし、時には私が洗うこともあります。 曽野 そうしたやさしさというのは、人間関係の基本ですね。つらいことがあったらみんなで分け持つ、その代わり、自分に辛いことがあったときには投げ出して醜い様をお見せするけれども許してね、という。そういうところがなかったら淋しいと思いますね。 両立にはバランスも必要 鹿嶋 一方、男性サラリーマンにとっては会社でのガンバリズムが血となり肉となっていますから、定年後、家庭に入っても頑張ってしまうというところがありますね。最近、熟年110番をしている人から聞いたのですが、定年後の男性が、家庭で妻の仕事を相当引き受けてしまって、家庭内のリズムを壊し、夫婦関係がうまくいかなくなるケースが結構あるらしいです。 曽野 妻は喜んでいるんじゃないんですか? 鹿嶋 妻の出る幕がなくなってしまうそうです。家庭にはある程度のバランスをもって軟着陸しないといけないんですね。 曽野 うちなどは、夫がホットケーキは自分が焼くのが一番うまいと思っているんです。私はそうならそう思っていただくほうがいいと考えるほうで、ときどき「今日はホットケーキにしましょうよ」と言ってバターとメープルシロップを置いて待っている。それがちっともいやじゃなくて、ありがたくてしかたないわけです。おかげで私が焼かなくてもおいしいホットケーキが食べられるって(笑)。そういう夫婦のバランスというのも人によるのかもしれませんね。 生活の真っ只中で書く 鹿嶋 最近、熟年の夫婦関係について調べる機会があったんですが、私くらいの歳になると、妻と比べて夫のほうが夫婦生活の満足度が高い。ある研究者の方にお聞きしたら、結婚生活のメリットを享受しているのは男性のほうだと言われました。その最大の理由は、妻が外で働いている共働き家庭でも、家事をすべて妻に押しつけているからだというんです。その点、ご主人の三浦先生はマメになさるほうですか? 曽野 何でもしますよ。ズボンのアイロンも自分でかけますし、洗濯機も回せる。掃除も料理もできるから、自分はひとりになっても何も困らないと言っています。ベッドメイキングなど素晴らしい腕前をもっています。あるホテルに泊まったとき、お掃除のご婦人から教わったそうですが、全身のストレッチングになるので、毎日やることにしたんだそうです。 鹿嶋 たしかに家事は体操だと思えばできますね。私も毎朝、掃除をしています。ハタキをかけて、掃除機を使わずに掃くというのを三十分くらいするんですが、真夏だと汗だくになります。普段あまり運動をしていないので、それが運動がわりという感じです。 曽野 私はワープロで文章を書いているんですが、その合間にすぐ立ち上がる。十五分に一回立って、ひとつずつ用事を片付けるんです。これ、整体の先生にはものすごくいいことだと言われています。ずっと座っていると腰痛になりますから。十五分に一回立って何をするかというと、あそこの桟だけ拭いてこようとか、植木鉢に水だけやってこようとか、気になっていたことを済ませる。豆を煮たりシチューを作るときも、まず鍋を火にかけてワープロに戻る。そのままにしておくと忘れるので、手元にタイマーを持ってきてピーッと鳴ったら見にいくという感じです。私はこのやり方でずっとうまくやってきました。そういう雑事を悲しいと思ったことはないし、むしろ生活の真っ只中にいたからこそ書くことがあったんだと思えるんです。 第二の就職には遊び心が大事 曽野 私は人生、何歳で何になっても神様は喜んでいらっしゃると思うんです。たとえばときどきうちにみえる植木屋さんは、元サラリーマンで脱サラした方なんですが、その方がいまの仕事を好きでなさっているのを見ると、いいな、と思うんです。ですからこれから再就職を考えようという方には、第二の人生を遊んでください、と言いたいですね。好きなことを仕事にするためには前の職業をもとに考えていたらダメです。そこが第一歩だと思います。“Life is the mere journey”「人生は仮の旅路である」という言葉があります、人生、何が起きるかわからない、だからすべてのときを遊んだらどうでしょう。これは怠けるという意味ではなく、おもしろがったらどうでしょう、ということです。特に第二の就職には遊び心が大事だと思います。 鹿嶋 社会に出るといろいろな出会いがあります。特に女性の場合、再就職して社会に出るというのは、いろいろな人と接したり人間観察の機会が増えて、自分の人生の幅を広げることになるのではないでしょうか。そういう部分も楽しまないといけませんね。 曽野 私は外から帰ると、どこで何を食べたとか、誰と会ってその人が何をしゃべったとか、全部、夫に話すんですけど、楽しいですよ。外で働いていると、話が倍になるんです。 鹿嶋 ささいなことでも話さないとダメみたいですね。 曽野 それから常識的に考えられるということ。仕事をする人というのは、常識的に考えられる人だと思います。たとえばどうしてネクタイ締めなきゃいけないんだと言ったときに、自分はランニングでも構わないけれど、世の中には折り目正しいのが好きな方もいるから、と考える。そういうやさしさのもとに常識的な格好をするわけですよね。常識に合わせるというのは、大人であるということだと思います。 その人自身として輝く 曽野 ある時、三浦が「女房にはしたいことをさせておかないとおっかない」と言ったことがあります。これは彼一流のユーモアなんですが、私も人間関係の基本は、その人の望むことをさせることだと思うんです、もちろん、それが悪いことでは困りますけど。 鹿嶋 公序良俗に違反しない限りの自由を、ということですね。 曽野 老夫婦になっても、知恵を絞って、本当に好きなように生きればいいと思います。ある時ご夫婦で別々に映画を見にいらっしゃる方がいたので聞いたら「妻は一人遊びができないから訓練してるんです」とおっしゃったんです。これもいいありようですね。 鹿嶋 それも思いやりかもしれません。一人遊びできるって大事ですね、夫も一人遊びできないと。 曽野 私がいないと夫は死んじゃうわよ、では可愛そうじゃないですか。どちらにしても人が何かの従属物でいるというのはいけないことだと思います。誰々さんの奥様でもなく、何銀行の誰さんというのでもなく、その人自身が、クセもあるしおっちょこちょいだけど、自分の言葉で話す限りなくおもしろい人だっていうほうがいいと思うんです、そういう人は見ているだけで楽しいですよ。 鹿嶋 そのためには、家族も妻に対する過剰な思い入れをふっきる必要がありそうですね。
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