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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 葬儀の準備?英王室では生前から備える  
コラム名: 自分の顔相手の顔 396  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   英語の新聞だと、つい読解力の不足から読むのをさぼって溜めてしまうことになるので、私はいつも新聞ならぬ旧聞を読むことになる。
 その記事の一つにイギリス王室の葬儀事情のようなものが書かれている。既にウィリアム王子とハリー王子のお二人は、自分の葬儀をどのように行うかの意見を聞かれたという。もちろん他の王室のメンバーも、高齢の方から、そのご希望を政府が調査しているというが……
 それというのも、英国政府はダイアナ妃の突然の死去の時、ずいぶん混乱したらしい。そのような不手際が二度と起こらないように、葬儀の時に誰と誰をよぶか、どんな音楽を望んでいるかを、生前に聞いておくことにしたのだ、という。ダイアナ妃の葬儀の場合、三千百万人のイギリス人と、世界中の二十五億人の人がその葬儀を見守った。エルトン・ジョンの「キャンドル・イン・ザ・ウインド」という歌の演奏もその中で行われたのである。
 ウィリアム王子に関しては、すでにその作業は終わっているというが、王子はまだ十八歳なのだ。そしてハリー王子にいたってはまだ十六歳である。
 「伝統的に、(葬儀の)用意は高齢の王族からなされている」と新聞は報じている。もちろん、これは万が一の時の用意だとは言うが、十六歳と十八歳の青年に、自分の葬儀のプランを聞くなどということは、キリスト教国でなければ「縁起が悪くてできないこと」だろう。
 しかし私は、必ず起こることに備えるのは当然だと思っていたし今でも思っている。一九八四年から三年間行われた臨時教育審議会の時「死の準備教育を必ず義務教育の中に取り入れること」を私は提案したのだが、全く無視された。しかしその後民間で、この教育はどんどん一般化した。死は、運がよければ避けて通れるものではないのだ。だからいかなる人も例外なく、事前に学び、考え、用意するのは当然である。
 しかし私の見聞きする限り、多くの人はまだ、自分の死を自分のものとしていない。もちろん死んだ人間は自分で自分の始末をできないのだから、誰かのお世話になるほかはないのだが、それでも葬式には、この程度の費用をかけなければかっこ悪い、などという「常識という名の圧力」がまかり通っている。或いは、不合理な伝統が、社会の圧迫で取り除けない。
 死者は、自分が自分の葬式の主である権利があるだろう。というよりその望みを叶えるのが、その人への愛だ。豪華な葬式を望む人は葬式産業の隆盛を支えるし、質素な葬式を望む人には最後の静謐を与えたい。
 若者にも、もっと死を考えさせたい。そうすれば、人を殺すことや自殺することが、どれほど重大なことかわかるだろう。そして今生きていることがどれほど輝いているかもわかるに違いないのである。
 



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