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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 相談?410万人を救いたいのだが  
コラム名: 自分の顔相手の顔 395  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私の勤めている日本財団のオフィスには、出勤の日にはたくさんのお客さまがある。先日来てくださったのは、いささか古びたセーターを着た一人の日本人の神父だった。
 南アで、エイズの人たちのために働いている方であった。南アは約四千万人の人口に対して四百十万人のエイズ患者がいるということを聞いて、私はやはりショックを受けた。アフリカの中央部にある国々では、国民の人口とエイズ患者の比率について「うちの国は三十人に一人だけれど、隣の国は二十人に一人だ」というような言い方をするところがあって、そんな比べ方をしていていいのだろうか、と私は不安に思ったことがあった。
 神父はエイズ患者の子供たちの多くが孤児になっている点を上げていた。両親がエイズで死亡するからたくさんの孤児が生れ、しかも残された子供たちのうちの九〇%がHIVプラスなのだという。親を亡くして最も悲しい時に、その子自身の命ももう長くはないように運命づけられているのである。
 「始終子供の葬式をしなければならないから、子供の写真はよく撮るようにしているんですけどね」と神父は言った。
 私には医学の知識もなく、地球の未来というものがいかなる要素で決まって行くものかもわからないのだが、こういうことになると一国が消えて行くのではないか、という気さえする。しかし人間の浅知恵でそんなことを心配していると、医学の飛躍的な進歩によって、心配したことがばかばかしく見えることもあるだろう。
 アフリカでは子供が多いのが繁栄の証という見方があるから、避妊用具も歓迎しない。一夫多妻が多いし、しかも無知のゆえに、使い捨てであるべき避妊具を再利用する人もいるから、病気は瞬く間に妻たちの間で拡がる。一夫一婦を守って性の乱れを防ぐなどという発想は古臭いといわれればそれまでなのだが、やはり性的放縦にはそれなりの恐ろしい結果もついて来たのである。
 私は神父に、四百十万人全部を救うことはできないから、差し当たりどんなことにターゲットを絞って事業をなさりたいのですか、と尋ねた。親を失った子供の短い人生の最期を、せめて飢えずに温かく誰かに抱かれていさせてやりたいというなら、それもいい。その目標と予算がわかれば、私が個人的に加わっているNGOでもお金の出しようがあるかもしれない。
 帰る間際になって、神父は私に、「昔会った時、あなたは私に『神父さまは殉教してください』と言ったんですよ」と笑いながら言われた。「ひぇー」という感じである。他人に命を的に働いてください、などと言ったことを、私は覚えていないのである。多分私は「神父さまはアフリカで殉教してください。私は時々温泉に行って楽に暮しますから」などと言ったに違いないのだ。
 神父と私は同い年であった。
 



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