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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 親切の借り?楽しくて自然な返し方は…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 234  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/04/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   旅に出ると、人間の性格によって用意するものが違う。私は自分勝手なのでおみやげなどなかなか気が廻らないが、私の働いている財団の若者たちの中にはアフリカなどに行くと、安いおもちゃを用意して行って、よく子供たちと遊んでやる人が多い。ルワンダではボールを贈った田舎の中学校とサッカーの試合をして、「全日本」はめちゃくちゃに負けてきた。
 今回イスラエルの旅に、身障者の車椅子係の隊長として来たKさんは、おもちゃを用意するタイプではない。その代わり財団の名前入りの粘着テープをいつも携行して備えている。子供たちと遊ぶ時に、何も種がなくなると、セーターの胸の所にこのテープを貼ってやる。子供たちは大喜びで、靴磨きの少年は自分の商売道具にも貼ってくれ、と言う。
 やれやれ、と私は思う。日本財団は評判の悪い時もあったのだから、これでまた、あの財団はイスラエルの貧しい靴磨きの少年たちのシンジケートからも巻き上げているのか、と誤解されるんじゃないか、と思うとおかしくてならない。
 そのKさんが、イスラエルで眼鏡のつるの鋲(びょう)をなくした。眼鏡屋へ行くと、美人のお嬢さんがすぐ新しい鋲を入れてくれた。お代はいらない、と言う。後で聞くと、イスラエルではつるを留める鋲の修理はただなのだそうだ。しかし感激したKさんは、ただでは悪いので眼鏡を首からかけるヒモを買うことにした。すると店員のお嬢さんは、そのヒモもただで差し上げます、と言い、「イスラエルにようこそ」とにっこりした。
 Kさんはその時、こんなに親切にしてもらってイスラエルに借りができた、と感じた。借りは早く返さなければならないなあ、と思って歩いていると、通りの向こうからおばあさんが松葉杖をついて道を渡ってきた。ところがKさんの見ている前で、杖の先のゴムのカバーが抜けて、ころころ通りの向こうまで転っていってしまった。
 Kさんは急いでそれを拾いに行った。受けた親切の借りを一刻も早く返そうと思っていたところだから、実に自然な行動だった。むしろ、いい機会がこんなにも早くやってきたのである。
 無事に拾ってきたゴムのカバーをはめてあげようとすると、それは風化してこちこちになっており、はめてもすぐ抜けることは眼に見えていた。Kさんは早速財団の粘着テープでおばあさんの松葉杖の先のゴムのカバーをしっかりと巻いてあげた。
 靴磨きの子供のシンジケートの次に、今度は松葉杖の身障者の集まりに手を貸したことになるか、と私は首をすくめた。しかしとにかく人間は持っているものでできることを示すべきだ。粘着テープしかなかったら粘着テープで、数学の才能があるなら数学で、頭は悪いけれど体力があるなら体力で、社会に尽くせる。それが一番楽しくて自然でいいのである。
 



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