|
司会:本日の講師の山田吉彦さんは、日本財団の海洋船舶部で海賊による被害とその対策についての調査研究をされている方です。今回は現在マラッカ海峡に出没する海賊による被害の実態についてお話しいただくことになっています。それではよろしくお願いします。 山田:ご紹介いただきました日本財団の山田でございます。今日は世界の海賊被害の現状と対策、特にマラッカ・シンガポール海峡を中心とした海賊被害の実態についてお話ししたいと思います。 今日は朝早くからテレビでオリンピックのマラソン中継をご覧になった方も多いかと思いますが、私も朝7時からテレビにくぎづけになって9時半くらいまでずっと見ておりました。高橋選手の金メダルは非常にうれしいニュースでした。海外から日本に向けられるニュース、特に日本人関係のものに対しては、皆さんも注目して聞かれることが多いと思います。 昨年の10月に一つのニュースがありました。それはマラッカ海峡沿岸のインドネシアのクアラタンジュンという港を出発した貨物船が、日本の三池港に向かっている途中行方不明になり、ハイジャックされたのではないかというものでした。日本人の船長と機関長が乗っていて、海賊被害、特にハイジャック事件に遭う日本人は初めてだったということもあり非常に注目されました。 この1999年10月に起こった“アロンドラ・レインボー号”事件を契機として海賊問題に興味を持たれた方も多いのではないかと思います。正確に言うとハイジャックですが、日本ではシージャックという言葉が使われていますので、これから私もシージャックという言い方をさせていただきます。このシージャック事件で初めて日本人の被害者が出たということもあって、海賊問題が非常に注目されるようになりました。 不幸中の幸いでしたが、この2人の日本人の方はともに無事に保護されて帰国しています。海賊などというものは昔物語で空想の世界の話のように思っておられた方も多いかと思いますが、ここ数年来アジアの海域において海賊被害は非常に大きな問題になっています。今日はそのへんについてお話しさせていただきたいと思います。 ではそもそも海賊とはどういうものか。皆さんは海賊という言葉からなにを思い起こされるでしようか。私にとって海賊とは小学生のころに読んだスティーブンソンの「宝島」に出てくるシルバーという片足の海賊です。私は小学校5年生くらいになって初めて読みましたが、出だしのジム少年の親が経営している宿屋に老いぼれた呑んだくれの海賊が来て、そこに黒犬という海賊が追いかけてくるくだりが非常に怖かったのを覚えています。「宝島」に出てくるシルバーのように残酷でずるがしこいのが海賊というイメージだったのですが、皆さんにとってはいかがなものでしょうか。 日本において歴史上海賊と呼ばれるものは少し意味合いが異なります。中世に東アジア沿岸を襲っていた倭寇、これは比較的現代の海賊に近いものかと思いますが、戦国時代瀬戸内海の海上覇権を握った村上水軍、織田、豊臣の海軍を支えた九鬼水軍、あるいは九州北西部の沿岸地域を治めた松浦党など、どちらかと言うと治める領地を陸より海に持った海の領主という性質を持ったものを海賊と言っています。 海外では、ドクロのトレードマークが出てくると海賊だというイメージでいくつかの物語が構成されているかと思います。またキャプテン・ドレークというスペイン無敵艦隊を破ったイギリスの船長がいました。ご存知の方も多いかと思いますが、キャプテン・ドレークの船をはじめ、私掠船と言われる敵国の艦隊を襲いその荷物を奪うことを特別に認められた船があって、もしものときには軍隊として行動する。 キャプテン・ドレークはスペイン艦隊を破ったあとは救国の英雄として勲章ももらっていますが、このように認められた軍事力と盗賊行為を併せ持っていた面があるように思います。また倭寇もキャプテン・ドレークのようなグループもともに海賊行為と貿易の両方を行っていたという性格を持っています。広辞苑には、「海賊とは海上を横行し往来の船や沿岸地域を襲って財貨を強奪する盗賊」という表現が載っています。これがおそらく正しい海賊の認識だと思います。 現在は海賊行為をどのようにとらえているか。国連海洋法条約というものがあって、わが国もこれを批准していますが、この第101条に「私有の船舶または航空機の乗務員または旅客が、私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留または略奪行為であって次の者に対して行われるもの。公海における他の船舶もしくは航空機またはこれらの内にある人もしくは財産、いずれの国の管轄権にも属さない場所にある船舶、航空機、人または財産、いずれの船舶または航空機を海賊船舶または海賊航空機とする事実を知って、当該船舶または航空機の運航に自主的に参加するすべての行為、これらを扇動しまたは故意に助長するすべての行為」という表現があります。 この中で注目していただきたいのは、私有の船舶または航空機の乗務員、私利の目的で行うすべての不法な行為というところですが、この段階で海賊行為と言うのか、あるいは日本の近くにある超大国の末端の官権が行う行為が海賊に当たるのではないかなど、このへんもいま議論になっています。また公海におけるという項目がありますが、公海上でなければ海賊と言わないのか。 公海、領海と言っても海の上に明確な線が引いてあるわけでも壁があるわけでもないので、どこを公海、どこを領海とするのか。いまGPSなどがありますが、海上にいては見た目ではわからない。また海に出てしまえば領海、公海を自由に航行するので、必ずしも公海と特定していいものかということで、このへんもいま議論されています。 私ども日本財団では、現実のところ海を舞台として行われる盗賊行為、暴力的な犯罪行為すべてを海賊としております。これは先ほど申しました広辞苑をもとに定義をしたものです。 続きまして海賊の種類にはどのようなものがあるか。海賊行為にも陸上の犯罪と同じようにありとあらゆる種類のものがあります。私どもは大きく三つに分類しています。一つは窃盗型、これはこそ泥に近いものです。停泊中や錨泊中などに船内に忍び込んで船用品や船員の私物などを盗む。東南アジアに多いことから東南アジア型と呼んでいる場合もあります。特にボルネオ島岸、サマリンダやバリクパパンという町、あるいはインドのゴアやボンベイ、いまのムンバイあたりにこういう事件が多く報告されています。 錨泊中・特に夜間などに忍び込んで盗んでいくものは、ビス一本から取れるものならなんでもいいということで、よくやられるのがロープを盗んでいく。ロープを根元からちょんぎって持っていってしまう。ロープと言ってもかなり重いものなのですが、何人がかりで行うのか持っていってしまう。 あとよくやられるのが救命筏です。これは船の必需品なので、ないとどうしても航海に差し障りが出ます。「港で盗まれてしまったのでどうにかしてくれ、当座しのぎなので安いものでいいのだけど」と地元の代理店に言ったら、「じゃあ安いものを探してくる」と代理店の人が出ていったら、名前をつぶされた自分の船のものが返ってきたという冗談みたいな本当の話が報告されています。港にはブラックマーケットができていて、船から盗んでいったものがその日のうちに商品として並んでいるというのがこの地域の現状です。 次に分類するのが強盗型です。これは夜間航行中などに高速艇を用いて接近してきて、船内に侵入し拳銃やナイフなどで船員を脅し、船用金や船員の私物を盗むなどの行為を言います。最近マラッカ海峡で多発しています。このへんにつきましては後ほど改めてご説明しますが、変な話、絵に描いたような海賊というのがこのへんだと思います。 高速艇で近づきますが、これが島陰から出てきてレーダーにも映らないような小さな船で近づいてくる。報告によると20ノットで航行していた船が襲われたというケースもあります。20ノットの船に外部から侵入するというのは、乗船経験のある方はわかると思いますが、非常に難しい技術を要するようです。後ろから近づいてよくロープをかけると言いますが、話を聞いていると竹竿のようなものの上部に取り付けたフックを引っかけて、下で1人が押さえていてヤシの木を上るようにスルスルと上っていってしまうのだそうです。 これは聞いたときに非常に理にかなっている、小さいころやった木登りから考えると揺れるロープよりは押さえた竹竿のほうがよっぽど上りやすいのだろうと思いました。そしてあっという間にブリッジ、船橋に入られてしまう。そしてホールド・アップされてどうしようもなくなる。 三つ目として最近問題になっていますのがハイジャック型です。これはシージャックと呼ばれるものです。積み荷ごと船を乗っ取り、船員を救命艇などに乗せて海上に放し、船と積み荷を奪ってしまう。非常に巧妙な組織的な犯罪です。積み荷の売却ルートまですでに特定されているケースが多く、シンジケートによる犯罪だと言われています。最近起こったいくつかのシージャック事件が社会問題となり非常に注目されているところです。 このシージャック事件というのはシンジケートの中の役割分担により運営されておりまして、計画を作る指導グループ、襲撃を実行する実行犯グループ、そして盗んだ船を操船していく操船グループがあります。また盗んだ荷や船を売却するコマーシャルグループ、商業的なベースで動くグループというのがあり、この四つが一体となって動いています。 これは非常に巧妙な組織になっていて、末端が捕まった犯行でもその他のグループまでは特定できない。おそらく顔も知らない同士がどこかで操られて一体になって、動いているのではないかと言われています。 以上窃盗型、強盗型、ハイジャック型の三つが、大きく分けた海賊の種類です。そのほかテロ組織あるいはゲリラグループによる犯行がいくつかあります。フィリピン南部のモロ民族解放戦線がからんだ事件がいくつか起こっています。またモロ民族解放戦線の延長線上でフィリピン南部で行われている、一種の宗教対立から起こるファンダメンタドという行為があります。 これはイスラム教徒がみそぎ、自分が起こした犯罪を許してもらうために異教徒を襲撃して殺す。一種の宗教行事として行われていて、本年もフィリピン南部で何件か二十数人殺されたというニュースを聞きました。破廉恥犯などで捕まると一生親戚中が村八分にされてしまうので、宗教指導者のもとに行って銃を借りて白装束に身を包んで異教徒の村、イスラム教ですからキリスト教の村に行って、手当たり次第殺してしまう。これも一つの海賊行為としてフィリピンのコーストガードや海軍では非常に注意しています。まあこれは例外ですが……。またスリランカにはタミール・タイガーといわれる反政府組織があって、金欲しさや積み荷欲しさに海賊行為を行うことがあります。 ではいま海賊被害の状況はどのようになっているかということですが、参考資料の1をご覧いただきたいと思います。一番上の表は過去5年間の海賊被害件数です。昨年1999年、正式な報告書が出たところで285件になっています。その後に追加報告があり、いまでは1999年の被害合計は300件と言われています。特に東南アジアは158件で、非常に東南アジアに集中しているということが言えます。 ただこの東南アジアの被害はほとんどのケースが先ほどの分類から言うと窃盗型、盗みが中心になっています。この犯行の地域別の内訳ですが、158件のうちインドネシア領海で113件、これは沿岸が非常に多いということも言えますが、インドネシアの政情不安が海賊行為の引き金になっているということも言えるかと思います。過去の例を見ても、政情不安や経済危機等が海賊行為に直接に影響することが報告されています。 十数年前にフィリピンにおいて海賊被害が非常に多くなりました。フィリピンの政権がどんどん変わっていく過程で、末端軍部のコントロールが効かなくなり、そのころに海賊被害が非常に多くなっています。また中国においても北京のコントロールが末端まで効かなくなっていたときに、中国南部沿岸でも増えていた時期があります。最近ではインドネシアの政情不安がダイレクトに海賊被害の件数に結びついています。 このデータはIMB、International Maritime Bureau、国際商業会議所国際海事局というところが収集しています。これは純粋な民間機関で運営されていて、このような報告ベースの数字を取りまとめています。IMBはクアラルンプールにパイラシーレポートセンター、海賊情報センターを持っていますが、285件というのはそこができてから最大の数値です。 ただこの数値は急に一昨年98年の220件から285件になったかというと、私が聞いている限り実際の件数的にはそれほど増えていない。海賊問題が注目されるようになって、報告の数が増えてきたということが言えると思います。海賊被害の件数はここ3、4年だいたい横ばいになっているように思います。 2番目の海賊の、襲撃形態の内容という表をご覧いただきたいと思います。特に注目されるのは乗っ取り、シー・ジャックです。これが1997年以降増えています。1995年以前にはほとんどなかった事件です。この5年くらい乗っ取り犯が増えているというのは、明らかにこの5年でシージャックを企てるシンジケートグループが成立してしまったということだと思います。 また海賊が携行していた武器を3番目の表に載せてあります。1996年までは素手が非常に多かった。見つかったら海に飛び込んでしまえばいいと、武器も持たずに乗り込んできてなんでもいいから盗んで帰るというのが多かったのですが、97年から拳銃を持った海賊が増えてきました。逆に言うと海賊にまで拳銃が流通してしまっているということで、非常に危険な兆候です。併せて刃物を持った海賊も増えています。武器を持ってくるというのは、襲う側もそれなりの覚悟で来ているということなので、騒いだときにトラブルが起きる。刺されてしまう、撃たれてしまうというケースが多いようです。 また乗員に対する危害では、この5年間で184人もの方が海賊によって殺されています。日本人が1人も入っていないということもあって、日本国内ではこういう事実は全く報道されておりません。一つここで興味深い数字ですが、1999年の殺人が3件になっています。その前の年が78人、そこから3人に減っているというのは非常に興味を引くのですが、どうしてこういうことになったかと言うと、99年から国際的に海賊問題が注目されるようになりました。特に、“テンユウ号”事件、“アロンドラ・レインボー号”事件などが起きたことによって、警機関の追及も非常に激しくなってきた。 人を殺されなければある程度黙っているようなところも、殺人が出るとなかなか収まりがつかない。特に“テンユウ号”事件のときには韓国の船員が二人行方不明になっています。これに関して韓国政府は正式な調査隊と私服調査官を派遣して、かなり厳しい調査を行いました。そして積み荷の売却グループの実行犯3人を逮捕しています。そういうこともあって、人を殺すこと、手に掛けることに対する追及が厳しいことが犯行グループにも浸透して、被害がどうにか3人で食いとどまったということにつながっていると思います。 資料2は海賊被害に関する調査報告というレポートです。これは私ども日本財団が日本の海運会社および海事関係団体に協力を求めて調査を行ったものです。99年34件と書いてあります。日本の関係船が34件も被害に遭っていることはあまり耳にすることがないと思いますが、この34件で約13億円の日本の財産が海賊によって奪われています。地域的にもインドネシアが圧倒的に多いです。またマラッカ・シンガポール海峡に多いということが表れています。 この調査は第1回を1999年の4月に行いました。それまで海賊被害というのはあまり皆さんは耳にしなかったと思いますが、私どもはどうも私どもの耳に入っている海賊被害の件数が政府に報告されている件数よりはるかに多いのではないかと感じていました。昨年の4月に私どもが調査をする前、1998年に海賊被害は何件起こったか運輸省に確認を取ったら2件だという答えが返ってきました。でも私どもの耳に入っている件数はそれよりはるかに多かったので、どうも実態が正確に把握されていないのではないかということで調査をしたところ、20件というちょうど10倍の数字が表に出てきました。 なぜ政府に報告しなかったのか。世間では海賊被害を報告することによって途中の港で停船して調査を受ける日数のロス、それに伴うペナルティ、損失金額、船を1日泊めると何百万円単位の損失が出ること、あるいは船長の名誉に傷がつくということ、将来的に保険料が上がるのではないかということなどが言われています。具体的な例ではインドネシアのサマリンダというところでこそ泥事件が多発したので、この調査後に日本政府がインドネシア政府に対して改善策の要望を出しました。 そうしたら、そのような報告は中央政府には届いていなかった。末端の警察署に報告しても中央政府にまでは届かない。末端の警察署もこそ泥事件を一々相手にできるような国柄ではないようで、報告したところでなにをやってくれるのか。これが船の運航者サイドが報告しない一番の理由だったようです。 しかし昨今だんだん被害がエスカレートし、政府間同士で対策を講じていることから、被害に遭った船主さんあるいは運航者の方はぜひ報告をしていただきたい。そうすることで国際的な行動も取りやすいし国内の体制も整えられるので、私どもからも海上保安庁、運輸省どちらかで結構ですので、ぜひ報告をしてくださいというお願いをしています。この調査における日本関係船というのは日本の船会社が実質的な船主、オーナーになっている、もしくは運航に携わっているものを日本関係船として調査しました。 ここで最近の海賊事件、特に私どもの生活に密着しているマラッカ・シンガポール海峡での海賊被害に関する報告をさせていただきたいと思います。マラッカ海峡がどうして重要なのか。皆さんはご存知かと思いますが、日本に来る石油の8割はこのマラッカ海峡を通過してきます。またマラッカ海峡には年間およそ4万2000隻の1000トン以上の大型船が航行しますが、そのうち7000隻以上が日本関係船、日本の船会社が運航に携わっている船です。つまり日本の生活にとって生命線とも言えるマラッカ海峡の航行安全は、私どもの生活に密着した問題だと考えています。 私の言葉ではマラッカ海峡の現状を皆さんなかなか理解できないかと思いますので、ここでビデオをご覧いただきたいと思います。このビデオは日本財団の関係団体である東京財団が株式会社ワックに依頼して制作したマラッカ海峡に関するビデオです。 (ビデオ上映) 皆さんにマラッカ海峡の姿がご理解いただきやすいように、マラッカ海峡の紹介の部分をちょっとご覧いただきました。 実際マラッカ海峡ではどのような海賊事件が起こっているのか。今年に入ってからマラッカ海峡における海賊事件が非常に多くなっています。特に強盗型に含まれるものですが、それだけで今年の1月から8月までに26件の被害が報告されています。それも北緯1度から2度、東経101度から103度あたりの海域に集中して起こっています。 具体的にはシンガポールから出て、本当にすぐのあたりを中心に事件が起こっています。フィリップ・チャンネルという水路がありますが、そこは航路が直角に折れています。インドネシア側からシンガポールに入港するあたりですが、船はスピードを落とさなければいけない。インドネシア側には、非常に小さな島が多いことや非常に豊かな海域で出漁している漁船も多いことから、なかなか海賊船を見分けることができない。スピードが遅くなったところに海賊が島陰から出てきて乗り込む。そのようなところです。 どのような被害が起こっているのか、一つの例をご紹介します。2000年の8月29日に起こった事件です。マラッカ海峡における海賊被害があまりにも多いことから先ほどご紹介したIMBパイラシーセンターが特別警戒情報を流しました。8月29日水曜日午前3時、“タイガー・ブリッジ”という船が北緯1度54分、東経102度18分のところで襲われました。海賊は小型のボートで左舷側から該当船に侵入し、当直の船員に手錠をかけ船長に案内させた。この船員の奥さんがたまたま乗っていて人質に捕らわれ、船長がドアを開けた瞬間、海賊は刀を持って襲いかかり船長は左手に重傷を負いました。海賊は船用金2万3000ドルと船の備品を持って逃げました。同様の事件が今年の8月までに26件起こっています。 なぜ急に海賊被害が増えてきたのか。IMBで分析したところ、ハイジャック事件がいま追及が厳しくて鳴をひそめています。それに加わっていた実行犯グループが、ハイジャックほどの大きな犯行から声をかけらないために小口の犯行を重ねているのではないか。私のべーパーの頭に、ヒアリング調査をしてまとめただいたいのイメージが書いてあります。うっそうと茂ったマングローブの林から、長さが20フィートくらいの船に船外機を付けたものが高速で海面に出ていく。聞くところによると海賊船はだいたいこのような形で、非常にスピードが速く、4、5人グループで寄ってきて船に乗り込む。 昔からこの海峡にはマレー半島側とインドネシアのスマトラ島を行き交う船がいくつもあって、現代になって政府がマレーシアとインドネシアの二つに分かれても実際にはかなり頻繁に行き来をしているようです。それが密貿易であったり海賊になったりするわけですが、実際にはマラッカ海峡は自分たちの生活圏であるという認識が強いようです。 インドネシアのある島の村の様子を近くの灯台の上から撮りました。実際にこの村はいつの間にかできた。インドネシアですが住んでいるのはすべてマレー人です。マレー人が来てこの村を作った。この村は島の突端で後ろは全部ジャングルなのですが、なにを生業として生きているのかと言うと、マレー側よりもインドネシア側のほうが非常に海が豊かで取れる魚も多いので、インドネシア側で取った魚を高速艇でマレーシア側のマラッカなどの町に運び売りさばく。これは正確に言うと密輸になります。 また、マレーシア側にあるいいものをインドネシア側に運ぶ。こうしてこの村は暮らしを立てていると言われています。私も行ってびっくりしたのですが、電気は灯台から黙って引っ張って各村に配線し、それで村が生きている。でもそれに一々クレームを付けていたのでは灯台の機能はあっという間に果たせなくなるので、共存していくために妥協して盗電を暗に認めているということです。このような村で、小さい船に船外機を二つ付けて、どうして漁船にこんなにスピードが要るのかというスピードで船が行き来していましたので、なにかのきっかけで目の前に獲物が来たら海賊行為をしてしまうのではないかと思いました。 過去を振り返るともともとは漁民たちの暮らしを支える生活の場であったわけですが、そこに見ず知らずの外国船が行き来するようになり、略奪されたり村ごと襲われて焼け野原にされたりという繰り返しの中から、自分たちの暮らしを守り支えるために海賊行為や密輸、密航の行為が起こってきたように思われます。けっしてそれを肯定することはできませんが、なんらかのかたちで抑制していくためには、新しい方策や政府に対して求めていくもの、あるいは国際的な協力等、考えなければいけないと思います。 続いて海賊被害の中で特に注目されるものをご紹介したいと思います。具体的な例ですが、皆さんもご存知でしょうか、1998年9月に“テンユウ号”事件という海賊事件が起こりました。これはハイジャック型ですが、この事件がおそらく日本の船がシージャック事件に巻き込まれた第1号だと思われます。私ども日本財団に98年9月に1隻の船がいなくなっているのだけれど情報はありませんかという連絡が来て、そこから私どもは海賊に関する調査を始めたわけですが、この“テンユウ号”事件を簡単にご紹介させていただきたいと思います。 “テンユウ号”は、西日本の瀬戸内海側の相生の町の船主さんがお持ちの船で、実際には海外で荷を動かしているパナマ船籍の便宜置籍船だったのですが、インドネシアのクアラタンジュンという港を、3000トンほどのアルミニウムのインゴットを積んで韓国の仁川に向けて出航しました。そしてその後、姿を消してしまったのです。最後に報告を受けたのはマラッカ海峡の入り口のところだったのですが、それ以後船は全くいなくなってしまった。 その段階ではシージャックに遭ったとは皆さんあまり考えませんでした。急な嵐にでも遭ったのか、事故で火災を起こして沈没してしまったのではないかなどと考えていました。でもマラッカ海峡で海難事故が起これば誰かがが気付くはずだ、どうもおかしいのではないか。そしていろいろ調べていき、どうもこれは海賊に違いないということが言われ出して、IMBでもいろいろ調べて海賊の可能性が強いということになりました。そしてさらにいろいろな情報を調べていきましたが、なかなか見つかりませんでした。 2ヵ月が経った12月21日に、中国の揚子江をさかのぼった南京の近くのチャンジャガンに怪しい船が着岸したという報告が入りました。その段階では各国の沿岸警備機関や公安当局に対して“テンユウ号”の設計図を配って指名手配をしていたのですが、どうも“テンユウ号”ではないかということで船を捜査したところ、エンジンの製造番号から“テンユウ号”であることが確認されました。 見つかった段階ではホンジュラス船籍の“サンエイ1”という名前の船になっておりました。当初“テンユウ号”の乗組員は、2人の韓国人、船長、機関長と、12人の中国人だったのですが、見つかったときには14人のインドネシア人に替わっていました。最終的にこの乗組員を取り調べたところ、船はいろいろなところで名前を変えていたことがわかりました。 クアラタンジュンはスマトラ島のマラッカ海峡沿岸の町で、日本の経済協力で作っているトバ湖の水を利用した水力発電所があり、その電気を使ってアルミニウムの精製を行っている輸出港です。ほとんどが日本、韓国などアジアの先進国向けにアルミを輸出する港になっています。そこから出てマラッカ海峡に入ったあたりでいなくなった。最終的に船は中国で見つかったのですが、その間にどこに行っていたのかということをあとで検証しました。 10月16日はミャンマーのヤンゴンで積み荷を売却したと言われています。これは韓国が調査して、この売却に携わったブローカーを逮捕したことから判明しています。このときには“テンユウ”は“ビットリア”という名前になっておりました。次には11月の初旬に“ハナ”という名前でフィリピンに入っていました。これもあとから見つかっています。そして11月24日には“スカーレット”という名前に変わって、マレーシアにいました。 そしてマレーシアから今度はインドネシアのドマイという町に来て、ここでパームオイルを載せて中国の張家港に向かった。そして張家港に入ったところで中国当局に拘束されてこの船が“テンユウ”であることがわかりました。テンユウから、ビットリア、ハナ、スカーレット、サンエイ1と、3ヵ月の間に4回も名前が変わって、五つの名前を持ったわけです。これは実在している同じタイプの船、名前を使っています。 偽の証書を作り、犯行ができるだけわからないように巧妙な計画を立てています。インドネシアを出た船がミャンマーで荷を売りさばいて、次はフィリピンに入って、マレーシアに入って、またインドネシアから最後は中国です。2年前の国際コーストガードの協力関係ではまだ海賊というのは公海上の犯行だという程度の認識だったので、これだけ動かれると捜査はその段階ではできませんでした。本当に国際的なシージャック、海賊犯行の典型的な例だと思います。当初“テンユウ号”に乗っていた2人の韓国人と12人の中国人の方はいまだに行方がわかりません。おそらくどこかで亡くなってしまったのではないかと想像されます。 “アロンドラ・レインボー号”事件が昨年10月22日に起こりましたが、これは皆さんも多少ご存知かと思います。これもクアラタンジュン、“テンユウ号”と同じ港から出て、アルミインゴット7000トンを積んで日本の三池港に向かっていました。これは日本のアルミニウム関係の大手5社が共同輸入するアルミでした。アルミ7000トンというのは荷を降ろすと、小山にして四つできるそうです。大手が5社まとまらないと、必要にならないくらいの量だそうです。なかなか量的にも大きなもので、被害もニュースでは13億円相当と言っておりましたが、なかなかの被害額だと思います。 “アロンドラ・レインボー号”がいなくなったのが10月22日、この船が最終的に見つかったのはインドのゴアの西方430kmの沖合で、インドのコーストガードによって停船させられ捕捉されています。この“アロンドラ・レインボー号”には2人の日本人とフィリピン人クルーが乗っていましたが、金曜日にクアラタンジュンでアルミを積んで出ました。夜になったので、日本が動くのはどちらにしても翌週の月曜日だろうということで出航のレポートもすぐには送らずに準備をしてあったそうですが、その金曜日の夜に船は海賊に襲われました。 乗組員は全員身柄を拘束されて別の船に移されています。別の船に乗せられて数日間の拘束のあと、救命筏に乗せられて漂流しています。その間に“アロンドラ・レインボー号”はどこに行ったかというと、マレーシアのサラワク州のミリという港に移って“グローバル・ベンチャー”という名前になりそこで積み荷を動かしています。最終的に“アロンドラ・レインボー号”が見つかったのは11月14日で“メガ・ラマ”という名前に変わっていました。インド政府は国連海洋法条約に基づいて、この船を軍事力をもちまして停船させています。見つかったときにはインドネシア人クルーが乗っていました。 この中で特に注目されるのは、“テンユウ号”事件で“テンユウ号”に最終的に乗っていたインドネシア人は証拠不十分で本国に送還されましたが、確実に“テンユウ号”事件に関わっていたと思われるそのうちの1人が、“アロンドラ・レインボー号”の最終的な乗組員になっていたことです。また1995年に起こった“アンナ・シエラ号”事件という海賊事件で、証拠不十分で釈放されたインドネシア人が、やはり“アロンドラ・レインボー号”の最終的なクルーになっていました。 これらの事件から、確実に操船専門の海賊グループがあるということがはっきりとわかりました。現在この犯行グループはインドのムンバイで裁判にかけられるために拘束されています。この間の状況を先ほどと同じビデオの中で当時の“アロンドラ・レインボー号”の池野船長がお話ししていますので、ご紹介させていただきたいと思います。 (ビデオ) 池野船長たちが最後に救出されたのはプーケットのこのへんです。救ってくださった漁船の船長はプーケットの漁民でチェロエンポーンという方です。この海域では漁船が海賊に襲われることが過去からも頻繁にあったらしく、どうも怪しい、助けようかどうしようかと遠巻きに見ていたら、中に日本人がいたので海賊ではないだろうと思い助けたということです。 かなりインドネシア側に近いほうからプーケットに連れてきて救出していただきました。この船は“希望幸運3号”という非常に人助けにもっともな名前の船で、この船長に私は日本海難防止協会のイケガミさんという方と2人で会ってきました。船長は船乗りとして人命の救助は重要だから、本来いろいろな手続きが必要だったが、自分の判断でとにかく人の命を助けようと救出しましたとおっしゃっていました。そういうことが一番大事なんだろうなと感じました。 また同様の犯行が今年の2月の末にも起こりました。“グローバル・マース”という船がマレーシアからインドにパームオイルを運ぶ途中襲われました。この事件も同じように積み荷ごと船を奪われたのですが、“アロンドラ・レインボー号”のときは救命筏でしたが、今度は犯人はエンジン付のボートを渡してくれました。若干の食糧とエンジン付のボートを与えられて、あっちに行けということで放されたということです。その上ご丁寧なことに、アタッシュケースに保管してあったパスポートと船員手帳を丸ごと渡してくれて、好きに帰れということで乗組員たちも最終的にタイで救出されました。 この三つの事件から見ると海賊たちも進化しまして、追及が厳しくなるので人の命には手を着けてはいけないと考え、逆に積み荷を売りさばく技術あるいはごまかす技術がかなり進化しているのではないかと思います。“グローバル・マース”も最終的には中国の南部、香港の沖合で捕捉されていますが、その段階でパームオイルのうち売りやすい加工済みのものは売却されたあとでした。最終的に乗組員も入れ替わっていたのですが、そのようにだんだん海賊グループも進化しています。そして海上保安機関の国際協力が明確になってきたいま、ハイジャック事件は“グローバル・マース”以降、なりをひそめています。 現在、採られている海賊対策について少しご説明させていただきますと、国連海洋法条約とは別にシージャック防止条約というものがあります。これは通称ローマ条約と言われています。犯行を発見した国は領海を越えて追跡することができるなど、いろいろな条件が入っているのですが、残念なことにこのシージャック防止条約という国際条約を批准している東南アジアの国はありません。 このへんでは日本、韓国、中国が批准しているだけで、海賊事件が頻繁に起こる東南アジア諸国ではこの条約を批准しておりません。いくつかの国ではいま批准する準備に入りつつあるということですが、1日も早く国際的な条約にできるだけ多くの東南アジアの国々が入る必要があると思います。 海賊問題に関する情報機関がIMB、国際商業会議所国際海事局ですが、こちらも民間機関なのでやれることには限りがあります。クアラルンプールにあるパイラシーレポートセンターは従業員4人で運営されています。所長を含む4人の人間で、この広い海域で頻繁に起こる海賊事件に関して情報収集を行い、情報伝達するにはあまりにも希薄です。この国際商業会議所の国際海事局に直接加盟している日本の船主、あるいは日本の船に関係する会社は6社しかありません。6社しか会費を納めていないということで資金的にも厳しく、いまIMBの組織の強化が重要な課題になっています。 IMBは具体的にどういうことをやっているかというと、各船会社から海賊被害に遭ったという情報を集めます。そして沿岸を航行するすべての船に対して、ファックスなどいろいろな方法で連絡をします。IMBに船会社から海賊被害に遭ったという連絡が入ると、近隣の海上保安機関すべてに同時に連絡が行くようになっています。たとえば“アロンドラ・レインボー号”のときはインドから中国までのすべての海上保安機関に対して、いま事件が起こっているという連絡が伝わりました。そして船の形をファックスなどで流して、そういう船を見かけた方は至急連絡をくれ、似たような船でも結構だから情報をくれという連絡をしています。 また海賊対策についてはいろいろなところで検討されていますが、私どもはインターネットに海賊情報ホームページを設けています。こちらに来る情報から未遂事件が、どうして未遂で済んだのかということを分析すると、乗り込ませないための準備が大切なようです。これは冗談みたいな本当の話で、海賊は音と光に弱いので、ライトを照らす、音を鳴らす、これが一番効果的です。また目に見える警備をとっている船には近づかない、近くまで来ても逃げるということが報告されています。 そして乗船しようとしても、サイレンを鳴らすとだいたい逃げていく。わざわざ警戒している船を襲うリスクを彼らはあえて冒さないのです。ガードのあまい船ばかりを狙う。舷の高さが8m以上の船はほとんど襲われたことはなく、中型以下の貨物船を狙う傾向があります。準備を整えていれば、ある程度未然に海賊被害を防げるというのが現状かと思います。 私ども日本財団では海賊対策としてスタンダード型の警報装置を考えました。「とらのもん」という名称を付けたのですが、これは虎ノ門にある金比羅さまにちなんで、江戸城を守る虎ノ門ということ、そして虎ノ門の金比羅さまは航海の安全の神様ということで「とらのもん」という名前にしました。船会社の方とお話ししましたが、警報装置は付けてもいいが高いのがいやだ、手のかかるのもいやだ。フィリピン人クルーでも日本人クルーでもみんなが使えるようなものでないと困るなどと、非常に都合のいいことをいろいろ言われました。 それで下に協力と書いてありますが、船長協会の方、日本海難防止協会の方、船主協会の方に集まっていただいていろいろな話をしている中から、一番簡単なスタンダードタイプを作ろうということで作ったのが「とらのもん」です。船上での取り扱いが簡単、メンテナンスが簡単、安いということをテーマに開発しました。どういう器材かというと、船の舷にワイヤーを張り巡らせて、そこにロープ、フックあるいは侵入者が少しでも引っかかると、このワイヤーの先につけた光ファイパーを使った検知装置が作動して音が鳴る。あえて光ファイバーを使ったのは、ワイヤーから鉄の感知装置を作ると防爆と言って、タンカーなどでは火気厳禁なので火花が散らないように光ファイバーを使いました。 これは船の科学館の"宗谷"を使って公開実験をしたときの模様ですが、ひっかかるとブーというサイレンとともに、その場所に光が照らされるという仕組みになっています。現在16隻のモニターシップを募集して実際に取り付けています。いまモニターシップが動き出したところですので、近々相応の報告が来ると思いますが、なにせ被害に遭わないのが一番です。被害に遭ったという報告は受けないほうがいいので、付けていることが明確にわかれば、おそらく被害には遭わないかと思います。また非常に安い、いま1万トンクラスまでの船だったら、だいたい15万円から20万円でフルセットができる。それなら取り扱いも簡単なのではないかと思います。 海賊対策についていろいろなご意見があります。どういうことをすべきなのか。一つはガードマンを雇ったらいいのではないかというご意見があります。しかし一つの船を守るのに何人のガードマンが要るのか。実際に海賊被害対策用のガードマン会社は私どもが知っているだけで3社あります。ひとり1日だいたい30万円、4人1クルーで120万円です。それを3日雇うと360万円、では年間どのくらい航海するのか。航行する船舶が海賊に遭う確率はだいたい2万分の1です。それだけの比率でそれだけの資金をかけられるかというと、船会社の方はすべてノーです。そして4人のガードマンで、多いときで20人から30人来る海賊に対して対応ができるのか。 また先ほどビデオで池野船長が言っていましたが、船長や機関士が拳銃を持っていたらどうか。これは相手に撃たれる前に殺さなければいけません。確実に殺さなければいけません。それだけの訓練が日本人にできるかどうか、まず無理だと思います。残念ながら武装して身を守ることは不可能だと思います。かえってやらないほうが被害は少ない。いままでのデータから見ても被害に遭うのは出会い頭です。どこかで抵抗した場合以外、ほとんどけがをしていないということも言われています。 その前に対策としては乗り込まれないこと、関係機関への連絡態勢をしっかりしておくこと、また船側の非常時の訓練を火災訓練と同じ程度にやっておく必要がある。もしものときに、どのように連絡をすればいいのか。特にマラッカ海峡は狭い海峡です。今年に入ってから海上保安庁はじめ、沿岸警備機関の協力体制がしっかりでき始めていますので、緊急信号を出せば速やかに助けが来るような体制がいま取られつつあります。 たとえば海上保安庁が、いまどういう行動を取っているのかということを簡単にご説明させていただきます。海上保安庁は“アロンドラ・レインボー号”のときもそうでしたが、日本人の生命、財産が危険にさらされた場合にはまず巡視船を出して救援に当たる。そして航空機も出して捜索にも協力するというような体制を実際に取っています。 また今年の4月にアジア14カ国・地域の海上保安庁長官に当たる方々が集まって、協力体制を組む会議を開いています。そこで情報の交換、それぞれの国の取り締まりの強化、各国の相互連携、協力の確認として、連携措置、捜査救助および捜査に対する協力あるいは定期的な専門家の会合などが話し合われて決まっています。 具体的に海上保安庁では近々、マラッカ海峡あたりの国と合同で海賊対策および海上安全に伴う行動の訓練を行うということも聞いています。私どもはいま現在日本政府、あるいは日本の関係機関になにができるのかと船会社さんにお問い合わせいただいたとき、海賊被害に遭ったらまずは海上保安庁にご連絡ください、海上保安庁の情報網で沿岸政府機関に速やかに捜査をしてもらう体制を取っていただければと提案しています。 いまのシージャックをはじめとした海賊事件は、一つはIT犯罪だと思います。GPSなどを使って、襲うべき船がどこにいてどこで待ち伏せをすればいいのかを調べる。あるいは沖合に出て、待機している海賊グループの複数の船に対して指示を出す。また積み荷の情報や運航スケジュールまでが事前に入手されています。そしてそれに伴って行動計画を作り、どこで積み荷を移し替えるのか、最終的には積み荷の売却ルートまでが確保されています。 先ほどの“アロンドラ・レインボー号”事件のアルミインゴットは最終的にはフィリピンで一部発見されています。そのようなIT犯罪に対しては、やはり国際協力態勢をしっかり取らなければいけないということが言えると思います。 海賊問題はすべての犯罪と同じく貧困や政情不安、戦乱など社会のひずみ、ゆがみに発生すると思います。東南アジア海域における海賊の多発は、現在のアジアの経済状況や宗教対立など複数の問題から起こっています。前回、国立歴史民俗博物館の宇田川先生のお話にもありましたが、後期倭寇も中世戦国時代あたりに全く同じような現象を起こしています。 中国が海禁政策をとって、密貿易が非常に活発になった。そのとき中国を出た王直をはじめとした海賊グループが外国に住む。王直は日本の平戸や五島列島にも住んでいたことがあったのですが、そういうグループがふだんは密貿易を行うわけです。密貿易で思うように荷が動かないと相手を襲う。相手が何を積んでいるかも事前にある程度わかっていて船を襲うようなことを行っておりました。 日本の戦国時代という変動と明朝後期の社会的混乱、そして西洋文化が急速にアジアに進入してきたという状況の中で、後期倭寇の海賊たちが繁栄しました。いまのアジアの状況は非常にそれに近いもの、混乱の状況にあると思います。日本人としてこの日本の生命線といわれるマラッカ・シンガポール海峡の安全を守るためには、いままでそこそこ経済協力というかたちでは取ってきましたが、もう一歩踏み込んだ国際協力関係づくりが必要なのではないかと思います。 私ども日本財団ではマラッカ海峡管理協力機構構想として、日本をはじめ中国、韓国、マラッカ海峡沿岸のインドネシア、シンガポール、マレーシア、そしてタイ、フィリピンを含めて、この東南アジアの国々へ協力した新しい協力関係の枠組みづくりを用いて、公海上であっても領海内であっても海賊問題に限らず国境を越えた航行安全の枠組みづくりを提案しております。 民間ベースをはじめ、政府、民間を越えたアジアの人間としての新しい協力関係が、航行の安全、海賊対策にとって一番必要なことだと思います。今日は長い間どうもありがとうございました。(拍手) 司会:ありがとうございました。セミナーの内容に関して質問のある方はいらっしゃいますでしょうか。 質問:船を襲った海賊は組織的に活動していると考えられますが、この組織について何かわかっていることがあれば教えていただければと思います。 山田:たとえば最初の“テンユウ号”事件ではミャンマーで発見して、ブローカーは韓国で捕まっています。ただブローカーは一部でしかないわけです。その先はまた見えない。“アロンドラ・レインボー号”の最終的な積み荷は見つかりました。でもこの仲間がわからない。非常に巧妙にやりとりされていて実態が見えなくなってしまう。“アロンドラ・レインボー号”の積み荷を最終的に持っていった人間は、途中経過がわからない仕組みになっているので、善意の第三者として積み荷を買い取ったことを認められてしまいました。組織的な犯罪で末端まではいきません。これは密輸ルートと同じように先が見えない巧妙な仕組みになっています。 質問:参考資料1に表が四つあり、一番下の表で乗員に対する危害の表がありますが、ここで危害の内容として身柄の拘束などいろいろありますが、暴行と身柄の拘束の2件についてもう少し詳しく知りたいのですが。 山田:身柄の拘束というのは要は部屋に閉じこめられたなど、とにかく行動を制約されたことを身柄の拘束としています。その上に何らか具体的な指示を受けたものを脅す、脅迫としております。暴行傷害の内容に関しては具体的な数字までは公表されておりませんので、具体的な分け方はわかりません。ただ暴行というのは素手でやられた場合を入れています。そして傷害は刃物なり拳銃なりでやられたものを入れています。 質問:ありがとうございました。 司会:ほかにご質問のある方はいらっしゃいますか。 質問:“テンユウ号”の最後の名前、“スカーレット”の次に変わった名前を聞きそびれてしまいましたのですが。 山田:“テンユウ号”の最後は“サンエイ1号”です。 質者:それと日本の船会社が、中国やインドネシアなどいろいろな国の船員さんを雇って、外国からいろいろなものを日本に運んできていると思います。顔を見ても海賊とそういう方の区別が私たちにはわかりかねるのですが、海賊とつながっているということは絶対にありえないのでしょうか。 山田:はっきりとつながっていないとは言い切れません。ただ船員さんたちは船員の資格を持って乗っています。便宜置籍船制度をご存知かと思いますが、日本の国籍を持っている船は百五十数隻しかありません。それ以外の日本に関係する船は、ほとんどが外国船で外国の法律のもとに動いていて、必ずしも日本の政府、日本人が考えるほど安全な運行体制を取っているとは思えません。当初、“テンユウ号”事件が起きたときも手引きするやつがいて、やっているのではないかということは想像されました。 実際にはどうも全員が死んでしまっているらしいので中には犯行グループはいなかったということは言えますが、最終的に“アロンドラ・レインボー”や“テンユウ号”を動かしていた連中は船員の資格は持っていても海賊グループの一部であることは確かです。 司会:最後にもう一つほど聞きたいことがある方いらっしゃいませんでしょうか。 質問:“アロンドラ・レインボー号”事件に限っての質問ですが、この船体と積み荷の保険はどうなっているのでしょうか。 山田:保険に関して詳しいことは知りませんが、船体のほうは保険に入っておりましたので、それなりのカバーはされているはずです。船員さんに関しては無事に帰ってきましたので問題ないかと思いますが、船体は保険に入っていたと思います。当然、積み荷も保険に入っていたと思います。 質問:貨物のほうはどうですか。 山田:貨物も保険でカバーされています。 質問:そうすると両者とも一応保険カバーは済んでいるわけですね。 山田:私どもは保険までは最終的なチェックはしておりませんので確認はしておりませんが、保険で対応するという話は聞いています。 質問:わかりました。 司会:ではこれで本日のセミナーを終了させていただきたいと思います。皆様どうもありがとうございました。山田さんありがとうございました。(拍手)
|
|
|
|