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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 教育?日本は風通しのいい国なのだ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 421  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/04/03  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ひさしぶりに個人的に北京の休日を過ごした。
 今さらでもないのだが、便利だと思うのは、日本が大方の漢字を捨てなかったことである。昔は學校と書いたのだが、それが学校になった程度だから、捨てた部分は小さい。息子は文化人類学の先生なのだが、ここのところ牧畜民と農耕民の接触と交代の文化に興味を持っていて、始終北京に行っている。

 会話はレストランでオーダーする時に少し便利なくらいらしいが、中国の本を読むのは急速に楽になっている。やはり漢字国家の中の漢字文化で育ったのだから、文意を取るのが非常に早いのである。一つの漢字の持つ意味を、ヨーロッパ人が把握するにはどれだけ手間隙(てまひま)かかるかわからない、としみじみ思うのだそうだ。

 しかし中国人には、日本の漢字や台湾で出版された書物がほとんど読めない、という。気の毒なことをしたものである。韓国も漢字文化を捨てた。創造的な文化とは、必ず手間隙かけて「ご苦労さま」という部分を含めて置かねばならないのだ。

 中国は文化大革命の時に、生徒たちに勉強そのものをさせなかった。小学生も学校に行かず、赤いネッカチーフを巻いて行進したり、毛主席を讃えたり、教師を罵倒したり、密告の仕方を覚えたりしていた。

 その間の教育の空白期間に当たった人は、今三十歳から四十歳くらいの年代に当たっているらしい。教育の空白は偉大な罪悪だ。

 しかしその張本人の毛沢東は、皇帝並に天安門広場のモニュメント群の中心に眠っている。

 北京で会った中国人は、近頃はやりの高層マンションの値段が高いことにふれて、「買えるのは、政府の偉い人ですよ。けれどまともな給料では、一生かかっても買えない」と言う。つまりワイロを取っているからできる、ということだ。

 私は通俗的だから、ガイドさんにろくな質問をしない。

 「今でも党幹部の給与は公表されていませんか?」

 「わかりません。誰のこともわかりません」

 ガイドさんはそこで私たちに尋ねた。

 「日本の森総理の月給はわかっていますか?」

 「もちろんですよ」

 とは言ったものの正確な数字は誰も知らなかった。帰ってすぐ調べたら、総理大臣は約二百五十八万円、東京都知事は約百四十八万円であった。日本は風通しのいい国なのである。
 



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