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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 新聞の投書?正直者が損しない保証などない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 311  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/02/16  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   昨日も新聞の投書について書いたが、ここのところ女性の投書で同感するのがたくさんある。一つは二月五日付けの東京新聞に出た宮崎市の比江島かな子さんのもので、東京の電車の中吊り広告についてであった。中吊り広告というのは地方にはないので、この方はおもしろがって読んでいたが、中に「もっと触って」という、痴漢に悪いことを勧めるようなものがあって驚いた、と言う。当然だろう。
 大阪のノック前知事を叩いた週刊誌や雑誌の中でも、かなり性的な写真や記事を売り物にしているのは多いのである。その面で、首尾一貫していない。
 このノック前知事の事件については、私たちおばさん連の間でおかしい会話があった。話し合ってみると、昔電車の中で全く痴漢の被害に会わなかった、という人は一人もいないのである。今お互いの顔を見たら、こういう話をしながら笑いだしてしまうのだが、これでも(器量は別にして)昔は皆若い娘だったのだ。しかしその痴漢を突き出したり、裁判で慰謝料を取ったりした人は一人もないのである。
 私はどちらかというとものごとが紛糾したら、裁判にかければいいんじゃないかなあ、と単純に思うたちなのだが、今でも弁護士が足りないというのに痴漢を相手にあらゆる娘がいっせいに裁判を起こしたら、日本中はどうなるのだろう、と思う。弁護士をふやすということは、市民の権利を守る上では大切なことなのだが、痴漢に会った娘がすべて弁護士を立てて訴えられるようになるとは思えず、裁判と弁護士が増えることは、生産性とは関係ないどころか、むしろ足を引っ張ることのようにも思われる。やはり社会全体の良識に待つのが一番いいのだ、とこの投書者に賛成するのである。
 もう一つの投書は群馬県新田町の松崎由美さんのもので、この方はある日店の中で財布を拾って届けた。いい気持ちだった。ところがその同じ日に、車のバンパーにいつの間にか「塗料がはげ落ちるほどの傷」をつけられた。修理費もかなりかさみそうなのでがっかりしてしまった。ふとあの財布をねこばばしておけば、修理代の足しになったのかもしれない、と思う。
 誰だってそう思うのだ。一瞬にせよ、ねこばばしようかな、という思いが心をよぎる方が普通だ。しかしそれをしないのは、多分人間の美学の問題なのだろう、と思う。
 この方は保険に入っていなかったのかな、とその点もわからなかったし、いつかも書いたことはあるのだが、正直者は損をしない、という保証は、この世では将来共ないだろう、と思う。
 正直であることと、損をしないこととは全く別問題なのである。むしろ正直であることは、損をすることを承知の上で、その覚悟で振る舞うことと考えた方がいい。損のできる人が一種の強者なのである。
 



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