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地方に住む息子一家がひさしぶりに東京に帰って来ると、おかしな話ばかりが話題になる。 息子とその妻は、同じ高校の出である。もっとも同級生ではなく、卒業してから知り合ったのだそうだ。息子の妻は、転勤族の娘で一頃、武蔵境に住んでいたことがあった。 私の親しい物理の教授ご一家は、昔も今も武蔵境に住んでおられる。その奥さまが、或る時郵便局に行くと、自分の前にきれいな娘がいた。彼女が一通の封書を差し出したのが、自然に眼に入った。この夫人は遠視に近いほど眼のいい方だったのである。 すると驚いたことに、その娘の差し出している封筒の宛名人が、私の息子と同姓同名だった。 つまり彼女は、うちの息子に速達を出すところだったのである。 プライバシーなどというものは、こんなふうにしてもおかされる。どうしても誰に手紙をだしたか知られたくなかったら、郵便局の窓口で、封筒を白紙で覆って出さなければならない。 私は通信販売の大顧客である。ブラウスからハンドバッグまで通販のカタログで買う。デパートでゆっくり買い物をする時間がないのだからいたし方ない。 先日、秘書が私の頼んだものを注文するのに、電話を掛けた。まず電話番号を言ったら、向こうはいきなり「先月、何個お買上でございますね」と言った。その素早さに、秘書はどぎもを抜かれた。 私はドイツの通販カタログでヤッケやコートなども買う。私のように縦も横も大きい者は、ドイツ人のサイズならちょうど真中くらいで、選択が自由なのである。 しかしそういう買い方をすれば、私の三サイズなどすぐ知られることになる。別に隠しているわけではないから少しも構わないのだけれど、私の知人ですぐ「そうか、そんなにその店が安いんやったら、うちの女房にも、パンスト買うてやってくれ。ただしサイズはLLやでえ。まちがえんといて」という口癖の人もいる。奥さんが聞いたら「そんなことわざわざ吹聴しなくったって」と言うだろう。 通販で下着やパンストやスカートを買えば、ああ、あのうちの奥さんは、相当なデブだとか貧弱なほどの痩せだとかいうこともわかるのである。それを知られたくなかったら、現金を握って自分で買いに行って、決して配達など頼まないというやり方をする他はない。 通信傍受法の流用を厳しく取り締まることは非常に大切だが、私たちの生活の便利さは、生活の一部を知られることから始まっているのはおそるべきことだ。ビールをどれだけ飲むか、お中元がどれだけ来るか、洗濯屋にどれだけ出すか、水道や電気をどれだけ使うか、娘や息子を公立大学に出しているか私大に送っているかで、経済力も子供の知能もわかってしまう。 でもわかっても、それがどうした、という感じでもある。
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