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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 建造物とは?今日本におかしな「空気」が…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 148  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/06/02  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日、三浦半島沿いの海岸に、私が働いている財団が研究費を出している鋼鉄製の巨大浮体の研究を見に行った。これは、一辺が二十メートル×百メートル、厚さ二メートルの鉄の「お化け畳」で、それを何枚も溶接で繋ぎ合わせて波静かな湾内に浮かべ、大きな平面を確保する。これは完全に浮いているので、余震、津波にも強く、暫定的に、宿舎、仕切り場、倉庫、貯水槽、ヘリポート、滑走路、ごみ焼却場などを設置し、終わったらかなり簡単に撤去できる。
 今研究は、小型機の滑走路に使えるだけの長さに延ばして、実際に離着陸ができるか試そうという段階まで来ているらしいが、それは大震災で、陸路の交通が壊滅したような時、近くの湾内にこの浮体があれば、これだけが交通の手段となり得るケースを期待してのことである。
 開発研究を請け負っている団体では、この鋼鉄の「お化け畳」が百年は保つように研究中だという。しかし半年か一年で、その地点から撤去も可能なのだ。何しろ真下には杭も柱もないから、潮流は自由に流れ、三浦半島ではこの浮体の下が漁場になってしまった。素人釣師が署名を集めて、魚を釣らせてもらいたいと言って来ているが、土地の漁師さんは許さない。魚の巣になるほどに「風通し」ならぬ「潮通し」がいいのだ。
 しかしその日に集まっていた新聞記者との対話を聞いているうちに、今日本には、おかしな「空気」ができてしまっている、と感じた。何しろ飛行場だろうが、建物だろうが、建造物を作るのは悪いことだ、というふうに思っている人が多いのである。
 そんなことはない。建造物は私たち人間という動物の「巣」だ。建造物のおかげで、私たちは守られている。雨風、蚊や毒虫・爬虫類、太陽などは、我々がむき出しだったら情容赦もなく襲いかかって来る。建造物がなかったら、私たちは乾いた場所で眠れない。
 建造物はありがたいものなのである。
 駅や鉄道のおかげで、私たちは経済的、社会的、学問的活動ができる。飛行場があるおかげで、私たちは外国にも行ける。飛行場建設に反対している人は、多分飛行機には絶対に乗らないのだろうが、普通の人は、ハワイやグアムに簡単に遊びに行けるのは飛行場のおかげだと知っている。
 バングラデッシュのサイクロンで、ひどい被害が出た後、救援のための調査に行った時である。毎年襲って来るサイクロンで、なぜこんなに人死にが出るかというと、海辺の村に、せめて三階建てくらいのコンクリートの建物がないからだった。そういうものが一軒あって高波に耐えれば、そして皆がラジオを持ち、天気予報の制度がきちんとしていれば、人が死ぬようなことはないのである。
 建物、道路、橋、飛行場。すべて悪いものではない。環境の変化を最低限に抑えることは当然だが、それらは人々の命も幸せも守っているのである。
 



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