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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 外国の美容院?生活に触れられる面白さ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 81  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/09/09  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私はこのごろ、外国で美容院に行く趣味ができた。おしゃれもめんどくさいし、私の髪は五秒で整うほどのものぐさスタイルで自分でセットもできるのだが、美容院の効用も結構あることを知ったのである。
 何しろホテルのベルボーイなどに聞くと、どうもほんとうにおいしいレストランを教えてくれない。先日もパリで、いかにも観光客向きのカフェを教えられて少し腹を立てた。
 その点、美容院へ行くとたいていの男性の美容師が自分のいきつけのいいレストランを教えてくれる。私の髪をみてくれたのはピェールという人で、魚料理が自慢のレストランの名前と所番地まで書いてくれた。私はカトリックなのだけれど、どこの教会のミサがいいかしら、と聞くと、どこそこの教会は祭壇が実に美しい、ということまで教えてくれる。もっとも、その教会の名前は忘れてしまい、有名なマドレーヌ寺院のミサで、オペラの舞台のような素晴らしいオルガンと聖歌を聴けた。忘れるのもいいことなのである。
 日本人の観光客はたくさんいるけれど、みんな忙しいので、美容院に来る客はめったにいない、とピェールは少し不満そうである。
 おもしろいことに、男性美容師というのは、客を自分の好みの髪型にしてしまう。老眼鏡をかけたピェールも上目遣いに私に髪を切ってもいいかと言うので、おもしろ半分に「どうぞ」と言ったら、実に新鮮なカットにした。襟足を切る時など立たせて切る。他人の目線の高さで整えて行くのである。
 最後にシャンプーをしてくれた娘さんにも、ちょっと心づけをあげると、ほんの少しなのに嬉しそうな顔をする。慎ましい生活者の顔が覗いて、魅力的である。
 先日中国でも、デパートの中の美容院に行ってみた。シャンプーもブロウも英語だが、日本では通じるのに、中国では全くわかってくれない。これは困ったと思っていると、それでも何とかシャンプーを始めてくれた。
 中国も男性の美容師さんで、いわゆる三刀(仕立屋、床屋、料理人)の一種だから、すばらしくうまい。最後には髪の一束ずつを捻るようにしてクリームをつけてくれる。だから別にきれいになるわけでもないのだが、何となく名人芸風に思えて心地よい。
 よくよく考えてみると、きれいになるためよりも、生活に触れられるからおもしろくて行くのである。中国にも、大変垢抜けたスタイルの奥さんが、美容院の費用などものの数でもないという感じで来ていたし、パリでは、老夫婦が入って来て、奥さんの髪をきれいにする間、旦那が待っているのだな、と思っていると、旦那の方が髪をいじるので、奥さんの方が待っていたりする。
 短い時間だが、椅子に座らせてもらって髪は清潔になり、周囲の客や美容師さんの生態も眺められて、確実に浮世床のおもしろさ、ライヴ・ショウの楽しさを満喫できる。
 



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