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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 臓器提供?何という非人間的な解釈だ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 240  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/05/25  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日関西に住んでいる息子が東京に出て来た時、私に一枚のカードを渡し、
 「スーパーでこのドナー・カード見つけたからもらって来ておいてあげたよ。でもそちらはもうお年だから、あげたいと言ったって先方から断られちゃうかもしれないけど」
 と言った。例の臓器提供意思表示カードで、家族署名という欄があるから、すぐ息子に署名させて、私は意思表示を完成した気持ちになっていた。
 このカードはほんとうにいいシステムで、これで脳死による臓器提供に反対する人たちには、完全にこの授受の圏外に立ち去ってもらうことができる。何しろこのカードで承諾しなければ、「絶対に」臓器を「取られる」ことはないのだから安心だろう。その代わり私たち夫婦のように「さしあげさせて頂く」ことを希望する人間の邪魔はしないでほしい。
 今度、東京で臓器を提供された三十代の男性のご家族に、私は再び深い感謝と尊敬の祈りを捧げている。この方のご家族は角膜も提供したいと希望したのに、カードの不備でそれができなかったと聞いた時、私は奇妙な感じがして、改めてカードを出してきてみた。
 意思表示は、三つのカテゴリーに分かれている。1は、「私は、脳死の判定に従い、脳死後、移植の為に〇で囲んだ臓器を提供します」で、そこに「心臓、肺臓、腎臓、膵臓、小腸、その他(  )」となっている。(  )の中に私は全部と書き入れたが、それをしないと眼球は入らないのだ。
 2は、「私は、心臓が停止した死後、移植の為に〇で囲んだ臓器を提供します」で、その後に「腎臓、眼球(角膜)、膵臓、その他(  )」が選択できる。
 3は、「私は、臓器を提供しません」という積極的な反対派のための項目である。
 1、2、3、のうち、1を選んで〇をつけると、眼球はその中に入っていなかったから移植できなかった、というのだ。
 何という非人間的な解釈だろう。臓器全部の提供を認めておいて、遺族が「眼球もどうぞ使ってやってください」と言っているのに、意思表示のカードの「その他」が空欄になっていたというだけで拒否する。こういう杓子定規な解釈は、「東京大学法学部出身者」にしか考えつかない非人間性である。何より法が先で、人間のための法としては決して解釈しないのである。
 昔「国境なき医師団」のフランス人医師が講演した後、質問の時間に一人の日本人が手を挙げて尋ねた。「あなた方は戦乱の土地に、まだ銃声と混乱が続く時に行って治療を開始する。そういう時その土地の医師法はどうするのですか?」。するとフランス人の医師は明確に答えた。「そこに患者がいる。そして傍に患者の命を救える私たちがいる。それ以上の何を気にする必要があるのですか?」
 それが人間の答えというものだ。厚生省の判断とは、何という違いだろう。
 



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