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少し前のことになるが、李登輝総統が、台湾と北京との関係に関して「特殊な国と国との関係」を望んだ時、北京はテレビで怒りに駆られたような朱鎔基首相のすさまじい形相を放映した。この方はかねがね典型的な中国風美男子でいらっしゃると私は魅力的に思っていたのだが、この時ばかりは人相までが変わってしまったのである。 政治通ともいえない世の中の「奥さんたち」の一人に私も入るのだが、そういう人たちが世界情勢や国際関係について喋ると、もちろん考えは浅くピントは狂っているのだが、時には私と感覚や理解の程度がよく似ていて、実におもしろいと思うことがある。 私の知人のこうした奥さんたちの一人は、あの時のテレビが放映された直後、私たちが会った時に言ったのである。 「これで台湾が中国に戻る心配は絶対になくなったわね」 「どうして?」 「だって優しく、ボクは君が好きだからどうしても帰って来てほしいんだよ、って言われたら、誰だってほいほい帰っちゃうけど、言うことをきかなかったら殴ってやるぞ、ただじゃすまないぞ、って言うような暴力テイシュのところに誰だって帰るわけがないじゃないの」 「それはそうよね。脅かされて従う時代じゃないものね。今は世界的に『弱い者文化』の時代なんだから。でも昔から言うじゃないの。怖いのは暴力的な夫じゃなくて、優しくてダメな夫だって」 「どういうこと? それ。そんなこと聞いたことないよ」 「怠け者で、嘘つきで、女癖が悪くて、賭事や浮気がばれて女房に叱られると、『ごめん、ごめん、もう決してしない。ほんとにボクが悪かった。君が好きなんだ。信じてよ』ってこの上なく優しく謝るタイプよ。そうすると言われた方も心が動くじゃない。せっかく今度こそ離婚してやろうと思ってても決心が薄らいじゃうんだって。怖いのは、これの繰り返しでしょう。いつになっても、決着がつかなくて、結果的には一生、そのぐうたらな男に付き合うことになるのよ」 「私はぐうたらでも何でもいいから、そういう人と暮らしてみたいな。だって少なくともその瞬間は誠実に謝るんでしょう? そして君が好きだ、君がいない暮らしなんて考えられない、って言ってくれるんでしょ?」 「誠実にじゃないよ。誠実風に言うだけよ」 「お宅はどうなの」 別の一人が改めて尋ねた。 「うちはとにかく徹底して黙ってるから。怒られても黙ってる。ほめられても黙ってる」 「それも頼りないわねえ」 「それだったらやっぱり朱鎔基首相の方がいいかもしれないよ。はっきりわかるものね」 女性たちの言うことを聞いていたら、政治家はどういう顔をしていいかわからなくなる。
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