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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: この世の夢?インドが巨象である理由は…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 248  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/06/22  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   シンガポールでBBCのニュースを見ていると、カシミール紛争を語るインドの外務大臣は、犠牲者の柩(ひつぎ)の前で、「遺体を調べたところ、数日にわたる激しい拷問の跡があった」と激しい口調で言う。新聞は切れ切れにしか手に入れられないので、そのような遺体がどうしてインド側の手に取り戻せたのか、私は経緯がわからない。
 日本なら、遺族の感情をおもんぱかって、こんななまなましい言い方はしないだろう。しかし世界の多くの国々は、現実の報道に、日本ほどベールを被(かぶ)せない。たとえ遺族は傷ついても、真実だか正義だかの前には致し方ない、と考えるのだろうと思う。
 一方近代、現代史は、カンボジア、ルワンダ、コソボ、カシミールなど、地球上のどこででも、人種や文化にかかわらず拷問や虐殺が平気で行われることを示している。日本人も状況次第では同じ心理になるだろう、ということだ。自分たちは平和を愛好しそれを守れる民族だ、などと自負しないことである。
 しかしインドという国が全く巨象だと思うのは、ここシンガポールにある29チャンネルのインド語の放送を見ている時だ。一方でBBCやCNNがカシミール問題の緊張を報道している中で、この29チャンネルだけは朝から甘い男女の仲を歌った歌を流し続ける。
 美男美女のセクシーな男女が出て来て(多分これが歌い手でもあるのだろうが)バルコニー、森の中、ヨットの上、西洋式豪邸の庭、田舎の道、バラの花園などあらゆるところで踊ったりいちゃいちゃしたりする。何でこの二人が森の中で鬼ごっこをするのか、スポーツカーに乗っている二人の服装がカーヴごとに変わっているのはどうしてか、などと考えてはいけない。森の中に突然オレンジと金のサリーをまとった美女の一団が現れて、カタカリだかマニプリだか、インド伝統の踊り方を加味したレビューを踊る。「カタカリ」というのは私に言わせると「肩こり」に極めていいダンスのように思える。
 シンガポールのインテリおじさま・おじいさまで、29チャンネルのファンというのは意外に多い。「日本にも老人チャンネルでこういうのを放送してやりたいですなあ」などと言っている。とにかく「この世の夢」だけを臆面もなく追求して、「ゲイジュツなんぞくそくらえ」という姿勢なのだ。
 日本を発つ前にも衛星放送で「マハラジャ」というのをやっていた。止めよう止めようと思いながら、終わりまで見てしまった。この可哀相な女の人はいったいどうなるのでしょう、とか、ああこんな手紙が間違った人に渡されたら困ったことになる、という、現代の日本映画などには全くない、まさに原始的な心配や関心で、時の経つのを忘れさせてくれるのである。人生を扱うのは、現実だけで十分なのだ。こういう無思想にしてかつ非芸術的な映画こそ、映画というものだ、などと言うと、日本では文化人とは思われないので、私が代表して言うことにした。
 



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