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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 若者の友情?歳末のすばらしい贈りもの  
コラム名: 自分の顔相手の顔 398  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/26  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   十二月十七日の日曜日に、私が働いている日本財団は、恒例の神宮外苑ロードレースを行った。憧れの神宮競技場の檜舞台を走れることが最大の魅力だと思うが、この他にもこの催しには大きな特徴がある。盲人、車椅子(知的障害者もいっしょに三千八百三十九人がレースに加わったのである。
 車椅子が普通のランナーより早いということさえ世間には知らない人がいる。人間が二本脚で必死に走っているところを、車椅子があっという間に追い抜くのである。
 私は初め盲人の部の出場者には、財団の中のジョギング愛好者が伴走に出てくれればいいのだ、と思っていた。ところがそれは全く無知の極みで、そんな素人では足手まといになるだけだったのである。皆、相当の記録保持者だから、少なくとも伴走する人はそれより早くないといけない。
 ゴールに入ると、出場者すべてに「完走者」のメダルが贈られる。伴走者の首にも掛けると「私も頂けるんですか?」と言う人が多いから私は「ことのついでにもらってください」と言う。頑張って息を切らせている方に「大丈夫ですか、死にませんか?」と言ってみたら「来年は死にます」と完走者の余裕を見せて、すばらしいユーモアである。
 この大会はてっていしてボランティアの精神で運営されている。今年は、瀬古利彦氏、佐々木七恵さん、シドニー・パラリンピックで金メダルを取られた荒井のり子さんが招待選手として走って下さった。
 視力障害者が神宮周辺を走っている間、たとえ沿道で手を振る人がいても見えないと悲しいから、応援の太鼓が声援を送り続けるのだが、毎年、手弁当で二組の太鼓のグループが来てくれる。今年は相州海老名東柏太鼓、雨鳴太鼓保存会が、子供たちまで加わって来てくれた。
 さらに今年は車椅子の部に、日本体育大学の野村ゼミの学生たちが「友情の殴り込み」をかけに来てくれた。つまり、車椅子を使って、真剣「勝負」をしに来てくれたのである。
 十キロコースではヘナヘナになっていた車椅子の選手がいたが、その人は実は日体大の学生だったという。とても日頃、車椅子で生活しているプロの腕には叶わない面がある。しかしこうした友情出場ほど、青年らしいすばらしいものはない。人間は遊びの本能を持っているものだ。野球やゴルフを思いついたのは、小石と木の棒があったからだ、と私は信じている。人が乗っている車椅子を見れば「よし、同じ道具を使って勝負してやろう」と考えることほど温かい自然な若者同士の友情はないだろう。日体大に深くお礼を申しあげたい。
 警視庁と東京消防庁の四谷署が、共にひそかに見えないところで、安全を見守ってくれた。そしてかかった費用はたった二千八百万円である。手弁当の精神がいたるところに生かされていたからである。選手が道具もなしに自分で走るのに、ロードレースやマラソンに億単位の金がかかるというほうがおかしい。
 



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