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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 約束?都合のいいことが言える日本  
コラム名: 自分の顔相手の顔 166  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/10  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   政治家が公約を守らない、と言って怒っている人がいるが、私など怒る気力もない。
 政治家が公約を守ったことも記憶にあるが、青島都知事が臨海副都心で都市博を中止したことなど、公約を守るということのために公約を守っただけで、臨海副都心は、使われる理由も必然もあるから、あれ以後も着実に発展している。ホテルの数が多過ぎるのはどうかと思うが、あれほどの明るいいい土地が、放置されるわけはないのである。だから博覧会中止が賢明だったのかどうかは今でもわからない。
 旧社会党は、消費税に反対して大人気を得たのに、言ったことを少しも守らない。もともと社会をよくしようと思ったら、国民が辛くても払わねばならない税金というものは必ずあるので、消費税は脱税者を防ぐ確実な手段である。だから消費税はまともな先進・中進国にはどこでもある。十パーセントを超える国もたくさんある。
 聖書では、軽々しく誓うことを、厳重に考えるように諭している。もともと誓っても人間はなかなか守れないからだ。もし私が政治家になろうとして、私流の言葉で喋ったら、どんなに評判が悪いだろう。「さあ、やってはみますけど、人間には能力の限度もありますしねえ。運というものもありますからどうなりますか」などと答えていれば、恐らくたちどころに有権者にアイソを尽かされるだろう。しかしこの言葉は別に不正確ではないと思う。
 約束できないことでも、なぜか政治家は平気で約束する。聞いている国民の方でも、多分できないだろう、などと最初からたかをくくっている人もかなり多いと思う。だからその割りには怒っていないのである。
 しかし誓うことに畏怖を感じるまともな神経を持った人々は、世界にたくさんいる。教育も金も地位もなくても、そういう人たちの方が自分を知っている、と言うべきだろう。そういう庶民たちの中には、嘘はつくけれど誓わない人もかなり多い。理由ははっきりしている。嘘は人に対してつくのだが、誓いは神に対してするのだから、恐ろしくてなかなかできないのである。
 日本人の中には、徳とか信仰などというものに、ほとんど意味を持たない人がかなりいるから、何でもその場で都合のいいことが言える。まともに考えて誓わない方が誠実なのだが、誓わない人は、「よいこと」に参加しない人だから非道徳だと責められる空気の方が、日本では強い。
 たいていの人は、かなりの善といささかの悪とを合わせ持って生きる。かなりの悪といささかの善という取り合わせで生きる人だって、それほど悪人というわけではない。
 しかしいささかの悪のあることさえ日本人は認めたがらない人が多い。だから大人の話がなかなか世間でできなくて、国際社会からもどこか子供扱いされている。
 



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