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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 演説?人を感動させる内容を語れ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 344  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/06/14  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   早稲田の雄弁会というところから、立て続けに総理が出られたので、私の周囲でも雄弁会の存在を改めて注目する人も出たのだが、この会はどういうことを勉強するところなのだろうか。
 前の総理はご謙遜からだろうが、自ら「ボキャ貧」と言われた。今の総理は、演説をされる度に誤解されるようなことを口になさる。雄弁会は、人が書いた文章や内容を上手に喋ることを勉強する場所だというのならそれでいいのだが、そうとしたらつまらない会だ。お二人の総理は共に、演説に対する訓練はできていても、言葉に対する感覚は鋭くなかった、ということになる。
 お亡くなりになると、人は皆、悪いことを忘れてしまうものらしいが、前総理の演説でも、人々の心に残るものはなかった。まっとうな意味で、皆が引用したがったような名文句、名セリフはついに残されず、雄弁とは程遠かったのである。
 それは同時に、秀才揃いの省庁のお役人の責任でもあるのだ。彼らが、総理や大臣や次官や審議会の会長やその他の方々のための、演説の草稿の書き手なのだから。
 その人々が、どれほど内容空疎な文章を作って、総理や大臣や次官や審議会の会長の、人間性を薄っぺらに見せ、威信を傷つけ、尊敬を失わせているかを、当の総理や大臣や次官や審議会の会長は、全く考えてもみないのが不思議である。東京大学法学部を卒業しているからと言って、彼らがその面でも有能だと信じるからいけないのだ。総理は「こんなつまらない文章で、国民が納得すると思うかね。もっと人を感動させるような内容のある文章を作って来たまえ、きみィ」となぜ言われなかったのか。しかし現実問題として総理ご自身がまず語るべき哲学を持ち、充分な表現ができるだけの文章力を持たなければ、お役人をオドスこともできないだろう。早稲田の雄弁会は、まず思想会の訓練を終了し、次いで作文会の修行を終わった人しか入れないという規則を作った方がいい。
 お役人の側には、常につまらない文章に対する言い訳ができている。こういうふうに「すべてに目配りをして」「法的に間違いのないように書いておかないと」揚げ足を取られるというのだ。
 私たちが若いころ文章修行をした時に、基本的に言われたことがある。
 第一は、どんなむずかしいことでも、簡単に書けねばならないということ。複雑なことを書いているのだから、文章も難解になったという言い訳はできない。平易でない名文はない。難しい文章はつまり悪文なのである。
 第二は、可もなく不可もない文章などあらゆる場で発表すべきではないということ。調べたことだけを書くなら、高校生のレポートである。
 今はほとんどの人が、本で、深い思想を持つ名文に接しなくなったから、いきなり雄弁会が始まるのだ。
 



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