共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: アマゾン再会  
コラム名: 私日記 連載18  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/07/27  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   七月二日
 ペルーの北部、アマゾンの上流に面したイキトス市に向かう。ペルー政府から、農村の家族計画を行いたいという要請が日本財団に来ているので、それらがどのような地域か、たとえ一部でも実際に見るためである。
 イキトスまでは直線距離にして約九百六十キロ。いわゆる普通の民間航空の便を使ってまいります、と言ったら、居合わせた人たちが何となく気の毒そうに笑った。後で聞いてみると、普通は川船で数日がかり。車だったら二日でも無理。飛行機の路線も週に一便か二便。とにかく日帰りの感覚は、とてつもなく狂ったものだったらしい。
 前厚生大臣モタ氏も同行して下さるというので、朝飯をしっかり食べて飛行場に行ったら、用意されているのは軍用機ではなくて、大統領専用機だった。フジモリ大統領は、一昨日か昨日、日本訪問のために発たれたはずなのに、飛行機はどうされたのですか、と言うと、ヴァリグ航空を利用して行かれたとのこと。機種はボーイング737-500である。しゃれた紺色のオーパーを着たスチュワーデスが、サンドイッチかオムレツの朝食を出してくれる。
 大統領のキャピンは、ファースト・クラスの部分が囲ってあって、四席だけテーブルを挟んで、ソファがある。その後に三席だけひじかけの取れるシートが並んでいる。専用機にはベッドくらいあってもいいと思うのだが、横になって仮眠をされるとすれば、そこしかない。
 イキトスでは、まずベレンという低地の貧困地帯に行く。雨期には二メートル以上も水につかるというので、貧しい板をうちつけただけの家々は、大さも姿もまちまちの、ひょろ長い木製の足場の上に建っている。もちろんどれも「お父さん」の手造りだ。ガラスなどない穴のような窓の向こうに若い娘の顔が覗いていたり、割れたような音声のラジオががあがあ鳴っていたりする。
 トイレは所々にぽつんぽつんと電話ボックス型の囲いが建っているだけだから、つまり垂れ流しなのだろう。
 それでも学校はどこもきれいに建てられていて、大統領が教育に力を入れていることがわかる。どの学校も海老茶色と黄色に塗られていて、それがフジモリ・カラーである。もっとも古い学校も残っていて、そこはちょっと大き目の小屋掛けの食堂という感じだが、子供たちはこれが自分の学校と思っているのだから、別にかわいそうでもない。多くの学校では三食、学校で食べさせている。子供にまともに食事をさせられない家庭も多いし、子供たちは家に帰っても遊ぶ所も本を読む場所もない。その代わりいろいろな悪さを覚える。
 保健所も清潔な「近代建築」が多く、そういう拠点を利用して、既に五、六人の子供を持った夫婦の、主に妻たちに、卵管結紮の手術を普及させようということらしい。手術を受けた後の生活が非常に明るくなった、という女性たちのグループにも会った。
 かなりの暑さの中を、学校と保健所めぐり。ロンソコスという鼠の親分のような動物を食肉・皮革用に飼っている飼育所にも寄る。野生で馴れないのかと思ったら、ノドをさすってやると眼を細め、体長一メートル近く、ハリネズミのような粗い毛を持った体をすり寄せて来る。
 キストコーチャ湖畔で昼食。体長が七メートルにもなる淡水魚パイクの輪切りのフライを頂く。
 七月四日
 リマ発、リヨイド航空でポリピアのサンタクルスヘ向かう。三年前の九月、誕生日を祝ってもらった土地である。
 サンタクルス市とその周辺には沖縄県の出身者を含めて約二千五百人の移民がいるが、日本人会創立四十周年を記念して、「日本ボリビア交流会館」を建てている。まだ完成はしていないのだが、日本財団は建設費の半分の約二千百万円を支出したので、その現場を見るのが目的である。
 夜、ロス・タヒボス・ホテルで、この町の「顔役」の倉橋神父や、日系人の肝いりで、お近づきの夕食会。そうとは知らず、うちうちの会と思って、スラックスにセーターで出て行ったら、正装の婦人たちがおられて恐縮した。神父のサキソホンはかなりの上達。
 次期大統領に決まっているウーゴ・バンセル・スワレス将軍のヨランダ夫人も来て下さった。私と同じくらいの年配でしっとりと落ちついた風格のある婦人。しかし二人の息子を事故で失うという悲劇の家庭だという。
 七月五日
 朝一番に、日本の宮崎カリタス会がやっている「オガール・ファティマの子供の家」を訪ねる。ミルク代がありません、というファックスのSOSが以前我が家にも入って来たほど貧しい。子供たちは悪い環境で育ったので、すぐ肺炎になり、入院させると、毎月の予算にひびくほどお金がかかるという。問題の入院費を尋ねると、日本円で一万円くらいとのこと。耳の聞こえない子供一人を専門の学校に送る月謝の三千円も、捻出に苦しむ世界で、日本人のシスターたちは働いているのだ。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation