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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: アジアの海賊は、日本とも無縁ではない  
コラム名: 問われる日本の国際協力 10)  
出版物名: 国際開発ジャーナル  
出版社名: 国際開発ジャーナル社  
発行日: 2000/01/01  
※この記事は、著者と国際開発ジャーナル社の許諾を得て転載したものです。
国際開発ジャーナル社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど国際開発ジャーナル社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  続発する東南アジアの海賊被害。ついに日本人も被害者となった。
日本の「生命線」である海路を守るための取り組みは、まだ始まったばかりだ。
 
多発する凶悪海賊事件
 1999年10月22日、愛媛県の船会社が実質所有している貨物船アロンドラ・レインボー号(パナマ船籍)が、マラッカ海峡を航行中に海賊に襲撃され、積荷のアルミインゴット7,000トン(時価8億円相当)を船ごと奪われた事件は、記憶に新しい。
 乗組員は、日本人2人(船長と機関長)と15人のフィリピン人で、6日後に救命筏に乗せられ大海原のなかで置き去りにされた。17人の船乗りは、11日間漂流し、タイの漁船に救出され九死に一生を得た。その後、船は11月16日インドの沿岸警備隊により捕捉された。積荷のアルミは、4,000トン船内に残っていたが、他の3,000トンは、すでにどこかへ持ち去られていた。
 この事件は、日本人が凶悪な海賊に襲われた初めてのケースとして、多くのニュース番組や新聞で取り上げられ、われわれ日本人が海賊問題について新たに考え直す契機となった。
 日本人にとって海賊というと、子どもの頃読んだ宝島に登場するシルバーやピーターパンのフック船長などの物語や戦国時代の村上水軍、スペイン無敵艦隊を撃破したイギリスの英雄キャプテン・ドレークなどの歴史に刻まれた世界が思い起こされる。しかし、ここ数年来、7つの海を航海する船乗りたちにとって、海賊被害は、身に迫った問題となっている。
 マレーシアのクアラルンプールには、IMB(国際商業会議所国際海事局)の海賊センターがある。海賊被害に手を焼いていた船会社、保険会社、商社などが出資して、海賊被害に対抗するためにつくった、海賊に関する情報ステーションである。98年の1年間にIMB海賊センターに報告された海賊被害の件数は、202件に上り、海賊により67人の命が奪われている。年々海賊も拳銃などで武装化し、ハイジャック事件など組織化した犯罪が増え、被害も深刻化している。
 
報告されない日本の海賊被害
 IMBに報告された202件のうち、日本の船会社の支配している船舶の被害件数は、2件であった。98年9月、兵庫県の船会社が所有している貨物船TENYU号が、アロンドラ・レインボー号と同じインドネシアのクアラタンジュン港を出港し、マラッカ海峡で海賊に襲われ行方不明となる事件が起こっている。積荷も同じ、アルミインゴット。日本人の被害者がいなかったためか、国内ではあまり問題とはならなかった。船は同年12月に中国の揚子江を遡った張家港(チャンジャガン)で発見され、積荷は、ミャンマーで売りさばかれていたことが判明している。しかし、韓国人2人、中国人12人の乗組員は、未だ消息不明のままである。
 日本財団では、TENYU号事件をきっかけに海賊問題の調査を開始した。海賊問題を対処するには、まず、正確な情報をつかむことが重要であると考え、99年4月、日本の船会社に対しアンケート形式で海賊被害の実態調査を行った。すると、予想以上の海賊被害の情報を知るようになった。98年の1年間に日本の船会社が海賊被害を受けた件数は、実に20件。報告の10倍の被害が発生していることが分かった。
 海賊被害が報告されていない理由としては、1)被害届を出すと理地にて取り調べを受け、航海日程が遅れる、2)保険料率が上がることが懸念される、3)乗組員の名誉に傷がつく心配がある、ことなどがあげられている。海賊対策の第一歩は、被害の報告である。アロンドラ・レインボー号事件においても報告の遅れが指摘されている。船会社は、海賊被害への対処策を確立していなかった。まずは、各船会社および政府を含めた各機関が海賊被害に対する問題意識を高めていく必要がある。
 
海賊に対抗する知識と情報共有化を急げ
 日本財団では、日本の船会社の被害状況を公表し、報道機関を通し、広く海賊被害に対する問題意識を訴えてきた。そして99年7月、国内の船会社に呼びかけ、海賊対策実務者会議を開催し、共通の問題意識を持つことを提案した。それまで船会社間の情報連携は極めて薄く、各船会社は試行錯誤で海賊対策に取り組んでいた。
 海賊問題に関する知識を共有することにより有効な対策を模索するとともに、各社のとる海賊対策のレベルアップを図り、各国、各機関、各船会社の情報連携を行い、海賊が活動しにくい環境をつくっていく必要がある。海賊に対する「知識と情報の共有化」は、国内のみでなく、海上交通に物資の流通を依存している国々にも広く呼びかけ、グローバルネットワークを構築することでより有効となる。
 国連海洋法条約では、公海上で犯される暴力および略奪行為を海賊と定義しているが、航海者にとっては、公海上も領海内も身の安全を脅かされることに区別はなく、ここでは、公海、領海内ともに海賊と呼ぶこととした。
 海賊対策になかなか決め手が見つからない要因は、いくつか考えられる。そのひとつとして、海賊の活動する領域が、公海および複数の国の領海にまたがっていることがあげられる、海賊の発生海域の分布を見ると、近年ではインドネシアなどの東南アジアの国々で全世界の発生件数の約半数を占めている。東南アジア海域は多くの国の領海が接し、また、隠れ家となる島々が無数に点在し、各国の追及や捜査を難しくしている。
 当然のことながら複数の国の領海に跨るとなると、国際協力の議論が不可欠となる。国連海洋法条約、ローマ条約(シージャック防止条約)など海賊に関する国際条約はいくつかある。IMO(国連海事機関)では、2000年5月をめどに海賊捜査に関するコードを制定する作業に入っている。しかし、条約は、関係各国に批准され、その国の国内法が整備されて初めて効果を発する。海賊が発生している海域の沿岸国の多くは、海賊に関する条約に加盟していないのが実情である。
 国際的な海洋警察機構の設置を求める声もあるが、主権にかかわる問題に敏感な東南アジア諸国の合意を得ることは、至難の技である。
 実現性のある取り組みとして提案したいのは、被害の集中している海域に絞り、沿岸国間の警備協力、捜査協力などのルールづくりを求めていくことである。具体的にいうと、海賊被害が問題となっているマラッカ海峡沿岸国のシンガポール・マレーシア・インドネシアの三国間における警備・捜査協定の制定である。
 98年、マラッカ海峡では、新分離航行方式が定められた。大型船がマラッカ海峡を通る時は、この海の道の決められたレーンを走らなければならないのである。このレーンのなかには、海賊多発地帯であるフィリップチャンネルという海域も含まれている。この分離航行帯内においては、通行する船舶に対する沿岸国による管制協力がすでに行われている。また、インドネシア?シンガポール、シンガポール?マレーシアの間では、海賊対策の共同訓練を行った実績もある。
 
受益国日本も協力と危機体制の構築を
 これら既存の協力関係の伜組みの上で、マラッカ海峡の総合的な航行安全施策の一環として沿岸三国間のルールづくりを行うことは実現可能なことと考えられる。わが国も受益国として「日本の生命線」マラッカ海峡の安全を守るため、ソフト・ハード両面において、相応の協力を検討しなければならない。また、わが国のみならず、アジアの利用国間の協力関係構築は不可欠である。
 99年10月、シンガポールにおいて、民間べースの海賊対策会議が開催された。11カ国から120人の関係者が集まり、海賊に関する国際法の問題点、各国の警備体制への疑問などが議論され、マラッカ海峡沿岸国からは、利用国、船籍保有国の協力の責務が求められた。また、官民合わせての情報交換、協力関係の構築などが話し合われた。
 IMBは、インターネットにより海賊情報の公開を検討している。日本財団においても99年8月よりインターネット上に海賊情報データベースを開設している。この2つのチャンネルの情報ネットは協力関係にあり、関係者に有効に利用してもらいたい。
 小渕首相は、11月の日・ASEAN首脳会議の場で、東京においてASEAN海賊対策会議を開催することを提唱した。政府によるアジアにおける海賊対策の国際協力の構築に関する手腕に注目したい。
 官民協力しての国際的な海賊対策は、まさに今スタートを切ったといえる。海賊問題への取り組み体制は整いつつある。しかし、基本に戻って考えてほしい。海賊対策にとって一番重要なのは、船会社の危機管理と非武装自衛策の徹底であることは変わらない。
 



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