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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 心遣い?なにが一番たいせつなのか  
コラム名: 自分の顔相手の顔 408  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/02/07  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   知人から聞いた話なのだが、子供のいない老夫婦が二人だけで住んでいた。昔から夫婦共、社会的に活躍して来た方なので、一年を通して、各地の知人が名産を送って来る。
 それはずいぶん嬉しいことなのだろうが、リンゴの話を聞いた時には、私はひとごとなのにため息をついた。季節ともなると、この二人だけの家庭にリンゴが前後して十数箱も送られて来る。配達の人は玄関に置くだけだが、夫妻はその後どうしていいかわからない。
 このお宅をもちろん私は知らないのだが、玄関からすぐ階段で高低がつけられたようなしゃれた建物だそうで、その階段を上がり下りしてリンゴの箱をどこかへ運んで行く、というのは楽なことではない。それにどう考えても、老夫婦二人で十数箱のリンゴが食べられるわけはないのである。
 どんなものでも、それを作り送ってくださった方たちの厚意を考えると、自分の家で消費できない時には、できるだけ早く誰か喜んでくれる人に食べてもらうのがいいことだと思う。しかしこの老夫婦は、次第にそんなこともできなくなっていた。もちろん自分では届けられないから、宅配便屋さんを呼び、あげる人を考えて、少なくとも自分で宛て名を書くことくらいはしなければならない。しかし年を取ると次第に知人も少なくなり、リンゴを誰に上げていいかわからなくなる。
 もちろん贈り主は、この家にリンゴを贈るのは自分だけだ、と思ってそうしたのだろうが、ほんとうは年寄りの家庭にリンゴを送る時は、二個か三個くらいのミニ箱があればいいのである。
 そんなことをしみじみ考えていたら、先日百歳に近い母上を失った私の友人が、実にいい話をしてくれた。母上のお葬式のことは世間に隠していたのだが、数日経って同級生の一人が、伝え聞いて訪ねて来てくれた。
 その時彼女が、実に二十数種類のおいしいものをほんの少しずつ買って持って来てくれたのだという。つまり母を失い、お葬式で疲れ果てた友人が、どこへも行かなくても、数日間は「食いつなぐ」ことができるように、細かく配慮したものだった。
 それは比較的すぐ食べた方がいい鮮度が大切なものから、数日後でも充分保つものまで配慮された取り合わせだった。チーズにしてもできるだけ小さな包で、飽きが来ないように考慮されていた。また栄養の上でも、肉にも甘いものにも片寄らないように、細かい心遣いがなされていた。
 「ほんとうにあの人は偉い人よ」
 と彼女は私に話してくれた。
 私の友人が看病の疲れを取り去り、元気になれば、それが何より亡き母上への供養になる、と誰もが知っている。この友人は、それを実行したのである。同級生のすばらしい魅力を語ることは、特別な嬉しさを持っているものだ。自分までいい人間になったような気がするからである。
 



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