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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 独房の写真?他国を理解する勉強になる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 435  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/05/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   三宅島の報道だけではない。日本の新聞はこのごろ、私たちが、考えてみれば、知りたいと思うことを知らせてくれない。

 シンガポールの「ザ・ストレイツ・タイムズ」では、フィリピンのエストラーダ前大統領が、もし汚職容疑で逮捕された場合に入れられる独房の写真を掲載した。「昔の栄耀栄華の果てに」という感じだ。

 これは一つの視覚的な事実だし、それに余計なコメントがついていないところがいい。広さはどれくらいあるのか、写真だけではよくわからないが、看守が一人と折り畳み式の簡易ベッドが映っているから、ある程度は推測できる。十畳かそれ以上はあるタイル敷きの部屋である。

 この部屋はマニラ郊外のケソン市にある汚職収賄法廷ビルにあるが、エアコンつきできわめて清潔そうに見える。奥の方に、ドアはないが、一部に低い囲いのあるトイレット、その囲いの外に洗面台がある。

 簡易ベッドはきっと背中が痛いだろうと思われるほど、いい加減なものだ。他にあるのは、長い木のベンチが一つだけである。しかし何より清潔だし、一人でいられるなら、文句は言えない空間と設備だと私は思う。

 そう思っていたら、これとは別に、逮捕後の前大統領がその夜から過ごしている警察署に拘置されている写真まで出た。

 前大統領は靴を脱ぎ、半袖のシャツに素足という格好で、簡易ベッドの上で両手を頭の下に敷いた格好で寝そべっている。さすがに機嫌は悪そうだが、この人はどこにいてもさして追い詰められているという感じを見せない。

 日本では刑務所の内部の写真は公表されない。未成年の殺人犯の顔も出させない。事故の遺体の写真も新聞には載せない。それが人道だというのだが、イエロー新聞とイエロ?雑誌だけが、肖像権を無視して、平気で他人の個人生活を暴き立てる。

 逮捕された前大統領が暮らす独房の写真くらいは報じるのがマスコミの義務だろう。それもしないから、日本のメディアは自ら萎縮して、他国のことでも「人権」を楯に何も報じなくなっている。この興味ある写真はAPにお金を出せばちゃんと買えるものである。

 その国にはその国のやり方、人道についての考え方がある。それを知るのも、私たちにとっては他国を理解するための勉強になるのに、日本人は日本の尺度だけで他国を見るから、少しも報道になっていないのである。
 



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