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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 満船飾  
コラム名: 私日記 連載30  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/10/26  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九七年九月二十九日
 遠藤周作氏一周忌。去年、訃報をハイチで受けた。電話も通じない土地だった。
 朝、日本財団で、ワシントンにあるガローデット大学のキング・ジョーダン学長をお迎えする。昨年ガローデットを訪問した時にお眼にかかってすっかり魅了された方だが、中途で聴力を失われたので、ごく普通に明晰な声でお語しになる。
 ガローデットは聾唖の人たちだけの大学だが、世界中から、優秀な向学心に燃えた学生たちが集まって来ている。或るクラスは、七、八人の学生の一人一人の国籍が全部違った。授業はすべて英語の手話。日本人の学生もいる。
 何と言っても私がその時驚いたのは、話し言葉の早さであった。手話だから、少しゆっくりでじれったいなどということが全くないのである。まさに手話の早口言葉である。英語は私にとって外国語なのだから、手話を音声に直してもらう場合は少し遅くなるだろう、と期待していたのだが、とんでもない。立て板に水の早さである。しかしこの速度があってこそ、冗談も、ワルクチも、からかいも、普通の音声の会話と同じ条件でできる。すばらしい!
 ガローデットヘ行ったのは、貧しい途上国からの留学生やリーダーたちを育てるために、日本財団が今までに五百万ドルほどの奨学金を積んで来たからである。
 思い出しても印象的なのは、大学の一つの建物の中庭を挟んだ空間の向こうとこちらで話をしている学生の姿であった。それだけの距離をおいて話す場合、耳を使おうとすれば怒鳴らなければならない。しかし手話の会語は、まるで船のモールス信号のように、視力が届く限り、静かに正確にこちらの意思が向こうに伝わって行く。
 午後一時過ぎの飛行機で大阪へ。夕方六時から神戸のホテルで行われている、二分脊椎症と水頭症の国際学会で、一般の方たちに、人生における病の意味を講演することになっている。生まれた時から、こういう病気を持っている人たちとその家族は、必ず深い哲学を持つようになる。
 講演後、車で約二時間、八時半少し前に舞鶴の宿に入った。明日は、海上保安学校の卒業式。日本財団は主務官庁が運輸省で、海上保安庁の任務を支援するのも優先的な仕事の一つである。
 この海上保安大学校と海上保安学校に対しても「海上保安教育援助墓金」を設定して年間二千万円あまりだが、研究費や研修費を出している。墓金の運営委員の中には、俳優の加山雄三さんや岸ユキさんの名前もある。財団としてはお金を出すだけではなくて、学生さんたちが育つのを見守って祝福するのが、いい関係というものであろう。
 夜宿舎で、明日の卒業式で読む「送る言葉」を書き(申し訳ない、少しドロナワという感じだが、今夜まで締め切りに追われて書くヒマがなかったのである)、基金の平成九年度の事業計画に眼を通す。
 教官の研究費には「水中聴覚の方向定位に関する実験的考察」などというのがある。「大気中に比べて水中では音速が増大するので、ヒトの方向定位の能力は著しく低下することが予想されるが、実際にはかなりの能力を有していることが知られている」ので、プールにおいて聴覚実験を行うものだという。
 また「潜水用フードが水中でヒトの聴覚に及ぼす影響の研究」「練習船こじまの船内LAN装置活用に関する調査研究」というのもある。
 九月三十日
 すばらしい晴天。敦賀湾は光に溢れている。
 校門の所で校長先生のお出迎えを受け、それから百四十メートルを学生の並んでいる前をゆっくり歩く。「視閲」というのだと言う。いつも世の中の裏小道をぶらぶら歩いて来た小説家としては、まことに異例の体験で少し落ち着きが悪い。
 それから分列行進を見せて頂く。男子の学生は歩くのがあまりうまくない。しかし分列行進がうまくなり過ぎた社会や国家も望ましくない。この程度がいいなあ、とひどく納得して見ている。
 最後の第十分隊は女子で、ピンクの分隊旗を持っている。最後が女子というのはどうでしょう、アメリカだったら先頭かもしれません、と言ったら、女子だけ宿舎が別棟で、端から順にナンバーを振って行ったら十番目になった、というのでこれも納得。
 宿舎を案内して頂く。お風呂と食堂は広くて眺めがよくてホテル並み。「ときどきわざと停電の日をお作りになって不便を味わわせては」と余計なことを言う。
 十時から講堂で、航海、機関、主計の各コースから合計六十二人の卒業式。そのうち女子は八人である。
 十八歳から二十四歳までの青年たちは、ここへ来たくて、保安官になりたくてやって来た人たちである。普通の大学を出てから入る人もふえて来た。ただ船に乗っているだけでさえ大変な嵐の日に、彼らは高波と闘って救助作業をする。しかしだからこそ、味わう人生の波高も高くなる。
 彼らの訓練を引き受けた練習船「みうら」が、満船飾の旗をきれいになびかせて、湾内からじっと彼らの卒業を見送り、祝福している。
 



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