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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 自国の窮地?人が言わないことも言いたい  
コラム名: 自分の顔相手の顔 42  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/04/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   「女性のためのアジア平和国民基金」が、戦時中、日本兵の性的な相手をした女性たちに対して支払うというお金は、受け取る人だの、受け取らないという人だの、さまざまな人がいて、関係者はどんなに苦労しておられるかと思う。が、私があまり同情していないのは、これも会の哲学が初めからはっきりしていなかったからで、こんなことは事前に充分に予測しうることだったろう、と思うからだ。
 これは日本政府が責任を回避しているからだ、と各国は言うらしいが、それに対して基金側は「日本政府が基金の活動資金を支払うなど、全面協力していることを表明」したと四月五日付けの毎日新聞は報じている。
 こういうことをしたり、公表したりするからなお悪いのだ。日本政府は、この問題に対して、戦後処理を済ませたと考えているのか、そうでないのか、これではますますわからなくなる。
 国家は筋論で経営しなければならない。災害の救助のような場合を除いて、人情の部分は民間が行えばいい。兵隊相手の女性たちに対する運動をしている民間の「女性のためのアジア平和国民基金」は、政府のやることとは全く別の国民の私的な思いから出たはずだった。それなのに会が政府に「活動資金を助けてください」と言ったのもおかしいし、それに応じた政府の態度も筋が通らない。
 私はあまり人が言わないことも言いたいと思う。どこの国でも、自国の利益にならないことは全力をあげて、たとえ筋が通らなくても誤魔化すものなのだ。それが人間やその集団が生きる、ということのいかがわしさなのである。自国が窮地に立つような正義を述べる人を、どこの国でも、それは立派な人です、とあまり言わないようである。しかし日本には、鳩山由紀夫氏のように一代議士なのに、日本人に代わって自分から外国で謝って来るような出すぎたことをする人がいる。
 この際、日本人は次のことをはっきり見極めねばならないだろう。「韓国挺身隊問題対策協議会」の申●(董のしたに心)秀・韓一神学大学教授は「犠牲者が求めているのは尊厳で、慈善金ではない」と言っているが、国家賠償はもう既に法的に済んでいるのだから、日本国家としてはする必要がない。しかし口で謝るだけだったら、必ず「口だけで済むものではない」という非難の声が上がり、お金を出せば金で済むことではない、と言う人が必ず出る。こういう論理には解決がない。それで紀元前数千年の昔から、被害を受けた人にお金で補償するという制度ができた。
 いろいろ複雑な問題が裏にあることは想像に難くないが、受け取ってくださる方にだけ受け取って頂いて、一定の期限で個人に対する支払いは停止し、後はその国の民間の福祉機関に残りの基金を一括して預けて活動を終りにすることだ。「女性のためのアジア平和国民基金」も、私だったら一応解散する。万人が納得する方法などこの世にないのだから。
 



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