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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 土木の仕事?誇り持って子供たちに話せる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 98  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/11/18  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   十一月七日付けの朝日の「天声人語」は土木に対する、深い差別の言葉であった。
 「この語から連想するもの。無駄遣い、談合、汚職、利権、環境破壊…。公共事業の不手際が負うべき罪を『土木』が一身に引き受けている感もある」
 そういう面はあらゆる職種にある。土木だけではない。誰にも、どの世界にも、黒い羊は出る。朝日新聞も長い間中国におべっかを使うために言論弾圧をしたし、自社記者による珊瑚礁のいたずら書き事件、日本軍が毒ガスを撒いたというニセ写真など、明らかにマスコミの良心にもとるようなこともした。
 私は三十三年間、土木の世界を勉強したので、隧道、高速道路、ダムは、玄人の話も工事仕様書も九〇%はわかるようになった。工事の手順も、末端の作業も専門用語も知っているから、私はすぐ報道記者として役に立つだろう。初めに断っておくが、私がこんな長い勉強を続けたのは、ゼネコンと金銭的な関係は何一つなく、ただ素朴な師弟関係と友情があっただけだからだ。そして土木の仕事は、誇りを持って子供たちに話すことのできるすばらしい仕事だというのが私の実感である。
 彼らは黙々として今日の日本の経済的基礎を築いた。マスコミも小説家もできなかったことだ。日本全国をカバーする高速道路。新幹線。上質の電気を十分に得られる発電のシステム。これらはすべて土木の仕事だった。私たちはそれを利用しながらかつて彼らの仕事に感謝したことはほとんどなかった。ことにマスコミはしばしば彼らを環境破壊者扱いにした。アフリカを初めとする多くの途上国に行って、私は民主主義というものは電気のない国には存在しないのだということを発見した。電気がない土地では、立候補者の政見を同じ時に、同じ正確さで伝えることができない。また安全で素早い集計もできない。それらの土地では今でも族長支配が行われている。
 もし民主主義がいいなら、私たちは電気を確保しなければならなかった。電気が要るなら、それは原子力であろうと火力であろうと水力であろうと、すべて彼ら土木屋たちが作って来たものなのだ。もし民主主義が、勉学、就職、移住などの自由に必要なら、道も、鉄道も、空港もなくてはならない。それらを作ったのは彼ら、土木屋たちである。
 この筆者は「『土木』ということばはよくよく薄幸な運命にあるようだ」などと書き出し、「土木の呼称はごろからして滑らかさを欠く」とも書く。
 私は今まで何度、巨大なロックフィル・ダムの下流面に立ったか知れない。そこでは、大きなブルをまるで繊細なピンセットのように使いこなす熟練したオペレーターが、小型自動車やソファよりもっと大きい石を細かく動かして、巨石を小石のようにきれいに堤体に張りつける作業が行われていた。そこでは石は「滑らかさを欠く」性格を愛され、その特性のゆえに役立っていたのである。

 



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