共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 他人の面倒?一見なんでもないがこれ大偉業  
コラム名: 自分の顔相手の顔 235  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/05/10  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日、或る所で、一人のカトリックの神父から、おもしろい話を聞いた。
 その神父は自分の教会の寝たきりの信者たちのところへ、時々、聖体と呼ばれるパンを持って行く。そういう病人の一人は、八十何歳かの老人だった。その人は四十代に脳内出血で倒れ、それ以来、寝たきりであった。そしてその人を自宅で四十数年看取って来たのが、その奥さんだったのである。
 神父は「じいちゃん」を見舞う度に、ベッドの傍で、「ばあちゃん」が「じいちゃん」の悪口を言うのを、そうだろう、そうだろう、と相槌(あいづち)をうって聞いていた。三百六十五日、二十四時間、面倒を見ていれば、ばあちゃんのストレスもたまっている。じいちゃんに対する文句もたくさん出てくる。それを神父は決してたしなめたりせず、そうだろう、そうだろう、「じいちゃん」が悪い、と賛同してきた。すると「ばあちゃん」はちっとは心が晴れて、また看病をする元気が湧いてくる。
 その「じいちゃん」が亡くなった。「ばあちゃん」の一生を捧げた看護の生活も終わった。神父は葬式の司会をした。
 かねがね「僕は結婚式は嫌いだな。一カ月もすると、もう別れたいなんて言って来る人もいるんだから、その点、葬式は完璧」と言っていた神父である。
 しかし私はこの話にほんとうに打たれた。一日や二日、一月や二月なら、人間はどれだけでも勤まる。しかしこの老婦人は、四十数年間、夫の看病を独りで背負い、その偉業をなし遂げたのである。
 ちょうど私の働いている日本財団には、いわゆる「子財団」として「日本顕彰会」というのがあった。設立は昭和四十六年で、「海難・事故・犯罪発生などの緊急事態の解決に大きく貢献された方々や、広く社会の各分野において、困難な状況の下、著しく労苦の多い活動を多年にわたって行い、社会と人間の安寧と幸福のため著しく貢献をされた方々」を、今までに一万一千人以上表彰してきた。
 しかし最近、この表彰に新しい息吹を吹き込んで「日本財団賞」を創設したい、という話が持ち上がっていたところだったのである。
 今年度からの表彰の基準は、次のようになった。「二十四時間、自ら責任を引き受けて、数十年もの間、家族、または他人の面倒を見続けて来られた方」「重度の障害がありながら、なお多年にわたり、他の障害者のために働いた方」他にもいろいろあるのだが、賞金は今までの十万円から百万円にしてもらった。百万円の根拠は、軽自動車が買える、身内とハワイ旅行ができる。風呂場、台所、サンルームなどの改増築ができる、ということだ。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation