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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 男の家事?彼自身も解放される  
コラム名: 自分の顔相手の顔 87  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/10/07  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   息子の奥さん(こういう関係を私は常識がないので、何と言うべきか今でもよくわからない。嫁、という呼び方は関東では少し抵抗がある)の暁子が、イギリスに発った。
 二週間くらいの予定で、オックスフォードで調べたいものがあるという。少し遠慮がちに行きたいと言った時、私は「いいことね。ぜひ行っていらっしゃい」と言った。息子は大学の先生、孫は酒鬼薔薇少年と同じ中学の三年だから、もう何でもできる。男二人で家事をやって行く機会があると、彼はもっと大人になるだろう。
 私の家庭は、そういう意味で昔から徹底して男女同権であった。夫の母は若い時売れない新劇の女優で、古い言葉で言うと「共稼ぎ」の時代があったというし、夫の姉は戦前の早稲田の卒業生で、七十近くまで大学で教えていた。私も一生働くことを止めなかった。
 こういう現象を夫は、「相手のしたいことをさせないと、後がオッカナイから」と言う。要は怨まれるのが怖いから、自由にさせるのだそうだ。
 夫は最近料理もけっこう好きである。女より、やらせれば男の方が創造的な料理を作ると信じこんでいる。メダマ焼きは自分の方がうまいと思いこんでいて、私が作ると「こんな白内障みたいなメダマ焼きを作って」と悪口を言う。黄身の上にちょっと白身がかかるのが、白内障風メダマ焼きである。味は全く同じだから、私は平然としている。
 すべて人生のことは「させられる」と思うから辛かったりみじめになるので、「してみよう」と思うと何でも道楽になる。
 息子も昔受験期に、私が夜食用のラーメンを作って持って行ってやろうとすると、「ボク、自分で作るから」と断るような子だった。麺の茹で方に、微妙な好みがあるから、自分で作るのが一番おいしいと言う。今彼は家族と関西に住んでいるので、めったに会うこともないが、ごくたまにいっしょに数日暮らすと、私を台所から追い出して、お客さまのための酒の肴を一品手早く作ったりするから料理もできないのではないのである。
 妻のしたいことをさせないとオッカナイ、という他に、夫はもっと狡い理由を考えている。女房を外へ出しておくと、社会が女房を教育してくれる、のだそうだ。教育なんて、自分がやろうとすれば面倒臭いし、すぐケンカになったりする。その点、女房が外へ出れば、自然に他人さまが人間の複雑さも見せてくださる。知識もつけてくれる。女房のお守を一人でしようとすれば大変だが、部分的に他人におしつければ、これまた大いに楽をする、という計算である。
 つまり我が家の男たちは、みんな家事ができる。女がいなくても、少しも困らない。だから彼らは解放されている。妻が病気になって入院したり、死んだらどうしょうという恐怖がない。こういうことは、自由な魂を持つ上での基本だと、私は思っている。
 



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