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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 信仰と血圧?無理をせず自然体で生きる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 170  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/24  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   八月十四日の毎日新聞の夕刊で「近事片々」という記事が次のような内容を紹介していた。
 「毎週教会に通い、毎日聖書を読む信心深い人々はそうでない人々より高血圧になる危険性が40%低かった。高齢者4000人を調べた米デューク大『宗教と健康』研究の結果は常識にかなう。ならば『神を信じなさい、血圧が下がりますよ』なのか。そう願いたいが」
 この筆者が、どうして「常識に叶う」と書いたのか、私にはよくわからない。なぜなら、すぐ次に続く文章が、筆者自身はそれを半分信じていない、ということを示していると読めるからである。
 これは血圧を下げてもらう代償に神を信じるというような取引きでは全くないのである。信仰というものは、神と人間との関係、何より「人間の分際」を見極めるものだから、無理が来ないということなのである。全ての人には、努力によってその人の可能性の分野を広げることができる部分も確かにあるが、その程度は限られている。「成せば成る」などというのはひどい思い上がりである。
 しかしそれは少しも惨めなことではない。その人が何をして生涯を生きるかには、その人が望む部分と、神によって命じられる部分とがある。その接点で生きるのが、一番いい生き方なのだ。そういう考え方だから、怠けるわけではないが、生き方に無理をしなくなるのである。
 伸び伸びと無理をせず、自分の人生をできるだけ軽く考えることに馴れれば、血圧も下がるであろう。何より、かっとしたり、恨みを持ったりしないと、淡々と人生が遠くまでよく見えて来ておもしろい。納得は感謝につながることも多いし、人生の明るい側面を見ることができる人も増えて来る。
 人間の評価にも限界があることを信仰は教える。人がいいという学歴や職場が、実はその人にとって特にいいわけではない、ということなどすぐわかる。
 人生はワンダーフルだという。初めて英語に接した時、ワンダーフルという単語は「すばらしい」とか「すてきな」という意味だと習った。しかしワンダーというのは「驚嘆すべきこと」「不思議なものごと」という意味で、人生がワンダーフルだということは、「人生は、不思議な驚嘆すべきものごとでいっぱいだ」という意味になる。人生は当人にも予測しがたいことに満ち、それが受け手にとってすばらしいかどうかは、二の次である。
 しかし意図しなかったことではあるが、自分が思いもかけない道を歩ませられ、それがそれなりに意味があったことを発見できた人は「人生はすばらしい」と言うようになる。その人は成功者なのである。そういう境地に達するには、自然の成り行きこそ神の望むところだったという認識が力を発揮している。
 血圧を下げてください、と神に祈ることではない。自然体で生きることが信仰なのである。
 



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