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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 金のない時?「首都移転」など世迷い言を…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 298  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/12/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今年一年は暗い年だった、と人は言うと思う。景気は悪いし、リストラもあったし、企業では工場や支店の閉鎖もあった。
 バブルが弾けて、人々はやっと土地の値段は無限に上がるものではないことがわかった。無謀な投資の怖さも知った。
 私たちの子供の時代には、親たちが、ない金でものを買ってはいけない、つまり借金をするくらいなら買うな、と教えたものだった。ローンは借金のことだから、私の親が生きていたら許さなかったろう。私たちはセールでものを買うことが好きなのに、ローンで買えば高い値段で買うことになる。その点は平気だということが、私にはわからない。
 バブルは人々に高い授業料を払わせた。私のようにバブル時代にも何一つ投資もしなかった者でも、人が作った借金を税金で払わせられることになった。経済の安定、危機管理などというものは、世間には専門家がたくさんいるのだし、私には理解する力はないと思うから黙っているけれど、今こんな時に首都機能移転などがまだ論議されているというのは、不思議なことである。
 その理由はたった一つである。
 金のない時に金のかかることをするな、ということである。そんなルールは常識だ。政府だけでなく、どの人でもやっていることだ。金がある時なら、別荘でも、妾宅でも(こんなことを言うとまた怒られるだろうが)好きなように作ればいいのである。しかし金のない時に、家を新築したり、新しい首都を整備して二十一世紀の日本の象徴的な町にするなどという、世迷い言を言うべきではない。この上、誰がそんな金を出せる、というのだ。そんな浪費は愚かな放蕩息子のすることだ。
 地震などで首都の機能が一挙に全滅しないように、分散しておくことは緊急にすべきことだし、当然のことである。しかし一面で今の東京の政治的な機能ほど便利なものはない。
 ほとんどすべての省庁が、霞が関の、歩いて行ける範囲に集まっている。地方から公務員や関係のある人が出張して来ても、とにかく一日あれば、相当の仕事ができる。
 しかし今度の案のように、あちこちに政治的な義理や顔をたてるために、時には二県に跨がるような広い地域に首都機能をばらまいたら、仕事をする人はたまったものではない。
 最近東京の都心部のマンションが売れ始めた、という。一時、都会の地価の高さと煩雑さを嫌って、田園の生活を夢見た人たちも、現実に都会を離れてみると、いわゆる通勤時間の長さや、移動の不便さに音を上げて、また都心に戻り始めたのである。
 赤字国債を乱発し、財政も逼迫している時に、選挙の票集めや、地域振興という名の下に、首都を移転するなど、何を夢想しているのかと思う。日本人は貧乏の仕方も忘れてしまった。金のない時には、人は貧乏揺すりをするだけで何もせず、金ができた時に初めて何かをやるのが自然であろう。
 



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