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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: いすゞとトヨタ?爽やかな善意の連鎖反応  
コラム名: 自分の顔相手の顔 202  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/01/04  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   読者のご記憶にあるかどうかわからないのだが、昨年秋、私が昔からやっている海外邦人宣教者活動援助後援会というNGOに、全トヨタ販売労働組合連合会から五百万円という寄付が寄せられた話を書いた。
 ちょうどその頃、アフリカのコートジボワールで働く日本人のシスターから、ブルーリ・アルサーと呼ばれる悲惨な皮膚病の患者を収容するために、いすゞのトラックを買いたいという希望が寄せられていたので、私たちはトヨタのお金でシスターたちの希望するいすゞのトラックを買うことになったのである。
 ところが、また後日談ができた。
 「トヨタさんだけに任せておけない」と、いすゞもトラックを一台寄付してくださることになったのだ。
 途上国では、車がないと何もできない。路線バスはないし、タクシーは病人を嫌がって乗せない時もある。角で腹を刺された牛飼いの少年を隣町の手術のできる病院まで運ぶのも、つまりは自家用のトラックである。しかしこういう場合、道は悪路が多くて時速、二、三十キロしか出ないのが普通だから、病院まで着く間に少年は死ぬ場合もある。
 普通、車は日本と違って多目的に使われる。人間は座席にも乗るが、人数が多ければ後の荷台にも牛詰めに乗る。人を積まない時の荷台には、山羊、篭に入れた鶏、キャベツ、ジャガイモ、農機具、パンクしたタイヤ、土砂、セメントの袋、バナナ、お棺、ベッド、病人、産婦、教会へ行く娘たち、などあらゆる人とものを積んで活躍する。
 マダガスカルの話だが、シスターたちのやっている産院で働く娘たちは、月給は三千円くらい。稼ぐというより口減らしに働きに来ている子が多かった。
 だから日曜日になっても、彼女たちは行く所もないのだ。小さな町に映画館やディスコがあるわけではなし、またそんな場所ができたところで行くお金などあるわけはない。
 だから彼女たちは、日曜日には着飾ってトラックの荷台に乗せてもらって教会に行く。車が走り出すやいなや歌を歌い出す。マリアさまを称える歌だというが、自然にみごとな四重唱、五重唱になる。道は悪路でわだちは深いが、大きなコスモスの花が娘たちの肩に触れんばかりに揺れて、祝福を送る。
 車はトラックがいいのだ。どの国からもシスターたちは常にトラックがほしいと言って来る。しかし寄贈する私たちの方にもむずかしい点がある。その国に政変が起こると、真先にゲリラが狙うのは日本製の上等なトラックである。だから極端に政情が不安定な国では、私たちはうっかりするとゲリラにトラックを献上することになるから、危なくてなかなかシスターたちに買ってあげられないのである。
 去年は殊に嫌な話が多かったけれど、こうした爽やかな善意の連鎖反応もあるのだ。愛の輪も充分に拡がる。今年は人間的ないい話の連鎖反応が起きてほしいものである。
 



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