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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 働く?休みは多いほどいいのか!?  
コラム名: 自分の顔相手の顔 135  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/04/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   四十代の終わりに眼が悪くなった時、初め私はその徴候を何となく運転がしづらいという感じで受け取っていた。その理由がはっきりと眼のせいだ、とは自覚していなかった。
 私は自分の仕事のために働いてくれる「社員」のような立場の人を、極力殖やさないのが好きだったのだが、その時に限って、誰か車の運転をしてくれる人がいたらどんなに楽だろう、と思った。眼が治ってみると、自動車の中は自分一人の世界だからいい、と思うのだから、その時はよほど視力が落ちていたのだろう。
 細かい経緯は記憶があいまいになっているのだが、その頃、一人の男の人が運転手さんとして働きたいと言ってやって来た。職歴のようなものも書いてあったので、私はそのうちの一軒に電話をかけて、どうして彼がやめたのかと尋ねた。
 電話に出たのは、女性だった。社長の奥さんのような感じでもあった。彼女は私の話を聞くと、「彼がお宅で働きたいと言うんですか」と言っただけで絶句した。
 「どういうことがおありだったんですか?」
 と私は尋ねた。もう彼を雇う雇わないではなく、作家的な興味の方が先に立っていた。
 「だってあの人はすごい組合運動をやって、会社をつぶしたんですよ。つまり自分が跨がっていた枝を自分で根本から切り落として、失職したって言ってるんですよ」
 それだけで彼女はあまり言おうとしなかったので、私もすぐに電話を切った。
 日本でも今日、まず全日空がストライキに入ったというが、外国ではよくストライキに遭遇する。ストライキほどその会社、その国の体力を弱体化させるものはない。「労働者」の生活は守らねばならないが、ストライキをやれば、必ず自分が跨がった木の枝を根本から切って自分も木から落ちることになる。
 私は日本社会が休日を殖やすことにも反対なのである。土日以上に三連休を殖やすという。そんなことをしていたら、経済の競争に勝てるわけがない。それくらいなら有給休暇を必ず使えるようにして、皆が適宜、勉強や研究、休養やスポーツ、ボランティア活動、家族旅行などをできるようにしたらいい。
 人間の生活は昔から単純な原則に従っている。働かないもの、勉強しないものは、貧しくなるし、学力もつかないということだ。語学など才能もあるだろうが、その語学に接する時間に比例して上手になると言われるほどだ。
 日本の企業では一年三百六十五日のうち、既に三分の一近くは休みになっている。アフリカの人などは日本の農村と違って毎日或る程度は働かないと食べられない。効率が悪いといえばそれまでだが、米を臼で搗かなければならないし、毎日水を汲み、薪を手にいれなければ炊事ができないのだから、毎日働くほかはないのである。休みは多いほどいい、などという発想は、どこから来たのか。皆がそう思うと正しいような気がするが、皆がそう思っても間違っていることもあるかもしれない。
 



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