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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 情報公開?自分の金なら好き勝手  
コラム名: 自分の顔相手の顔 38  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/04/01  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は個人生活には秘密はつき物だと思っている。秘密のない人などいるわけがない。
 いつかトイレと浴室以外はすけすけに近い建築家の家というものを、建築雑誌で見たことがある。多分、この建築家もその夫人も美しい方で、何をしているのかどこから見られても、絵になるような人かもしれないが、私だったらとても落ちつかなくてこういう家には住めない、と思った。
 私は別に家の中で麻薬やニセ札を作ったり、脱税の計画を練ったりしたことはないけれど、下らないこと、たとえばジャムを煮ている時顔をしかめながら何度も砂糖の加減を見たり、この古くなりかけたタオルはもう棄てようかどうかと迷っているようなところなど、人には見られたくない。
 私は或る理由から相続を放棄したので、今自分が持っているものはすべて結婚してから夫婦で得たものだけれど、それだって人さまに公開する気などない。自分の財産を公開しなければならない国会議員の話を聞くと、それだけで政治の世界には入りたくない。個人生活は、情報公開の原則の外にあるものだ。
 しかしことが組織となると、それは別である。もし組織に隠さねばならないことがあるとしたら、それは問題だ。
 私は官官・官民接待をすべて禁止するなどという幼稚な発想にはとてもついていけない。私は官庁のオフィスなどでは、人間はとうていうまく話し切れないことがたくさんある、と思っているが、それでもいっしょに会食をした相手の名前を言えないという官庁があったら、それは実に不思議なことだ。
 官でも民でも、自分の金でない限り、誰といつどこで何の理由で会食したかをはっきりといえなければならない。もしそれが常識の範囲であり、かつ何を話したかを堂々と説明できることなら、何も遠慮することはない。
 しかし秘密にしておいた方がいいと思うことなら自分で払うことだ。或いは割勘で払えば済むことである。
 ほんとうは世間のことは、できるだけ自分の金ですればいいのである。自分の金で何かをすることの爽やかさを知らないで、人に出してもらうことだけが楽しい人は、人の上に立つ資格がない。
 自分の金なら、そしてそれが税金を払った金なら、税務署も何に使ってはいけないと別に指図はしないのである。女にやろうが、骨董や賭事に注ぎ込もうが、いい車を買おうが、別荘を購入しようが、政治家か或る種の道徳性を要求される指導的立場の人でない限り、社会は原則として、それを糾弾する理由はないはずだ。
 その金も、自分の働きで得たものでなければ、必ず誰かかどこかのヒモツキになる。親の金であっても、親が死なない限り不自由なものだ。自分で働いてその分だけで楽しむというのが、ほんとうの自由な人というものなのである。
 



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